「ハズキルーペのCMが気になって仕方ない!」というアナタへ
この1年ほど、ずっと気になっているテレビCMがある。文字が大きく見えるという触れ込みの「ハズキルーペ」だ。この名前を聞いただけで「ああ、あのメガネね」とすぐに思い出す人も多いのではないだろうか。
このCMの何が気になるって、その大胆なCM戦略だ。まず、CMの流れる頻度が尋常でない。ハズキルーペを目にしない日はないほど連日流されており、テレビCMの効果が疑問視される昨今、これほど猛烈な〝 CMの集中投下〟を見た記憶がない。
また、CMの不思議な世界観も妙に気になる。60代後半と思しきダンディーな男性と20代中頃の若い女性が、夜の高級レストランで親密に向き合っている。そんなムーディーな場面にどういうわけか唐突に老眼鏡の話題が〝 さりげなく〟のぼる。深夜のテレビショッピングのようなわざとらしい商品説明を展開しつつ、そうとは感じさせない。
実際は仲の良い「親子デート」という設定。だが、男性役があのダンディー俳優の舘ひろしとあって、何度見ても〝 いけないカップル〟に思えて仕方ない。CMのなかでは翌朝、白いガウンを着た舘ひろしが「飲み過ぎたな」と微笑む姿がまたセクシー過ぎて、余計にそう思わせる。
気になるな、ハズキルーペ。
ずっとそう思いつつ実際に気になっていたのは商品でなく、ハズキルーペを販売する企業のマーケティング戦略。というのも、ボク自身も多くの企業のマーケティングを手掛けてきた荒木NEWS CONSULTINGのコンサルタント。
たかが1万円ちょっとの老眼鏡になぜこれほど費用を投下するの?――。
実際は老眼鏡でなく「拡大鏡」らしいが、知っての通りテレビCMは大企業ですらおいそれとは打てない高額なマーケティング戦術。正直、どこの会社だか知らないがメガネ一本にこんなバンバン広告宣伝費を投下して大丈夫なのだろうか、と疑問に思っていたのだ。
そんなところに数か月前から新しいCMが始まったのだが、これがまた気になる。
設定は「親子デート」から男性上司と女性部下らしき「ビジネスシーン」に変わった。またもや男性役は大物俳優の渡辺謙。女性は菊川怜。「企画書の文字が小さくて読めない!」と渡辺謙に叫ばせているように〝 ビジネス訴求〟を強めているのは明らかだ。
ただし「おぉ、なるほどネ」と唸ったのは設定の変更ではない。絶妙な「ターゲット層の変更」にある。キャストの実年齢はともかく、男性は50代後半、女性は30代後半辺りをイメージさせる。つまり前回設定より男性のターゲット層を10歳下げ、一方の女性ターゲット層を10歳上げている。
そこで、ふと気づいた。
もしかして、ハズキルーペの真の狙いは40代ではないだろうか――。
認知率100%の衝撃
先日、高校の同級生6人で集まった。みなボクと同じ40代半ば。ある友人は酒を飲みつつ、しきりに目を細めたりスマホを顔から遠ざけたり、明らかに老眼が始まっている様子だった。苦しそうだ。辛そうだ。というボクもここ数年で一気に目が見えづらくなっていた。
「最近、ハズキルーペのCMが無性に気になるんだけど」
ボクが呟くと、その場にいたみなが一斉に騒ぎはじめた。
「そうそう、すっかりあのCMで覚えちゃったよ」
「ハズキルーペって何だか良さげだよな」
6人全員がハズキルーペを知っていた。驚異の認知率100%――。あれだけ盛んにCMを流せば当然と思われるかもしれないが、食事をしながらだったりスマホを操作しながらだったり、視聴者はうろ覚えというケースが少なくない。商品名まで覚えているのは結構スゴイことである。
さらに驚いたのは購入希望率の高さだった。1人はすでに購入しており、ボクを含めた残りの5人全員も遅かれ早かれ購入するつもりという。これほど消費者に刺さっているCMはほぼ奇跡と言っていい。
面白いのは「拡大率は〇〇%」とか「日本製だから壊れない」とか、しっかり商品メッセージまで頭に刷り込まれていることだ。皆がまんまとあの不思議なCMにヤラれていたのだ。
「老眼鏡の新ジャンル」を開拓したハズキルーペ
その後、100人ほどの40代に「ハズキルーペって知ってる?」と尋ねてみた。やはり認知率は100%に近く、また購入希望率も60%近い数字を示した。将来、実際に購入するかどうかはさておき、マーケティング的にいえば間違いなく大成功といえるだろう。ただ、そんな数字以上に注目すべき事実がある。それはすでに「消費者の思考パターン」を変えつつあることだ。
老眼に悩み始めた人がいるとしよう。従来の思考パターンなら以下のようになる。
「①目が悪くなってきたなあ」⇒「②そろそろ老眼鏡を買わなくちゃいけないか」⇒「③さて、どんな老眼鏡にしようか」
という3ステップ。ところが、ハズキルーペの登場により2ステップに省略されようとしている。
「①目が悪くなってきたなあ」⇒「②そうだ、ハズキルーペを買おう!」
ポイントは思考のステップが減ったことではない。【老眼鏡=ハズキルーペ】という直線的な発想。実際は拡大鏡なので、言い換えれば「消費者の価値観を転換させた」とも言える。
ハズキルーペのCMを知る者は誰もハズキルーペを「 老眼鏡」とは呼ばない。おそらく老眼鏡という認識がないのだろう。ハズキルーペはハズキルーペであって、それを代替する商品すら想像しない。世のなかに数多売られている「 老眼鏡」はもはやハズキルーペのライバル商品ですらなくなっているということだ。
素晴らしきハズキ流マーケティング
日本の人口構成比でみると40歳以上が半分。そして、老眼の症状が出始めるのも40代と言われている。このデータを単純にあてはめると、今後の老眼鏡マーケットにおけるハズキルーペのシェアはいかに? 想像するだけでとんでもないことになる。
たかが1万円ちょっとの老眼鏡になぜこれほど費用を投下するの?――。
無謀に思われたマーケティング戦略だが、じつに秀逸で理にかなったものだったワケだ。ハズキ流マーケティングの成功の秘訣は「大きなマーケットでニッチな商品を狙った」こと。派手なCM展開という〝大胆さ〟だけでなく、充実したサポート体制だったり商品のウリを伝える確かな技術だったり、それを達成するだけの〝細やかさ〟も兼ね備えていることだろう。
世のなかに目を転じれば「老人が使う杖」「シニア向け流動食」「中高年向けの終活サービス」などなど、「〇〇といえばコレ!」といった絶対的な商品を持っている企業は少ない。裏を返せば〝第二のハズキルーペ〟を狙えるチャンスは山ほどあるということだ。
ただし、そのチャンスを見つけれるかどうかは感覚的なもの。誰もが見つけることができるわけではなく、まさしく熟練マーケッターの腕の見せ所でもある。強力なマーケッターを抱えている企業ほど強いものはないだろう。
(荒木NEWS CONSULTING 荒木亨二)
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