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【書評】「競争優位」戦略の終わり"The End of Competitive Advantage"

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ベストセラー作家マルコム・グラッドウェルが、最新刊"David and Goliath: Underdogs, Misfits and the Art of Battling Giants"において「(一見するとダビデの方が不利に思える)ダビデゴリアテの戦いは、実はダビデの方が有利だった」という解説を行っています。簡単にまとめれば、「ダビデの武器であるスリング(投石器)は見かけ以上に強力な武器だった」「ダビデは軽装で小回りがきいた」「ゴリアテは視力が弱かった」といったところでしょうか(このエピソードはTEDでも語られているので、興味のある方はこちらからどうぞ)。言い換えれば、ダビデは飛び道具と素早い動きという「競争優位」を持っていて、それを正しく認識・活用することで、体格ではとてもおよばない相手を倒すことができたわけですね。

しかしこれが、現代の企業間の争いだったとしたらどうでしょうか。ダビデ・ホールディングスが一撃で死に追いやられることはまれで、スリングという武器が有効であると知った以上、それを必死で取得しようとするでしょう。小回りになる組織になることはなかなか難しいですが、分社化や新事業体の立ち上げなどいくつか方法はあります。あるいは2~3年も経てば技術革新が進み、スリングを上回る武器が登場するかもしれません。その時にダビデ株式会社が「俺たちにはスリングがあるから大丈夫!」と高をくくっていたとしたら、逆に危険な状態に置かれることになります。現代における「競争優位」とは、多くの場合、一瞬で消え去ってしまうものなのです。

であれば、最初から競争優位を長続きしないものとして戦略を考えてはどうか――という趣旨で書かれているのが、本書"The End of Competitive Advantage: How to Keep Your Strategy Moving As Fast As Your Business"です。

The End of Competitive Advantage: How to Keep Your Strategy Moving As Fast As Your Business The End of Competitive Advantage: How to Keep Your Strategy Moving As Fast As Your Business
Rita Gunther McGrath Alex Gourlay

Harvard Business School Pr 2013-06-04
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本書は競争優位(Competitive Advantege)に替わり、「短期優位(Transient Advantage)」という概念を提唱。これは文字通り「短期的にしか続かない優位性」であり、それを持続させるとか、その上に永続的な組織をつくるとかいった発想は一切行われません。逆に短時間のうちに消え去ることを前提にして、ある短期優位から次の短期優位へと、次々に訪れる「波」を乗り継いでいくための戦略が考察されています。

例えば短期優位の世界では、「業界(Industry)」という硬直的な概念は否定されます。「業界」という発想で市場を捉えてしまうと、どうしても自分に似た存在を競争相手として捉えてしまうからです。先ほどの喩えでも、ゴリアテは自分と同じような重装歩兵と戦うことを想定していました。それ故に自分の巨体で勝てると考えたわけですね。

それに替わって登場する概念が「活動領域(Arena)」です。企業はある活動領域において、そこに存在するニーズを満たすために行動しているに過ぎません。自分と同じ従来型の企業だけが参戦してくるとは限らず、ダビデのように思いも寄らない相手が、まったく新しい発想で顧客を獲得しようとするかもしれないわけです。むしろニーズを満たす新しい方法が現れない方がおかしい、という考え方をすることができるでしょう。そして従来の「業界」という枠で捉えていた時には視界に入らなかった、外部からやって来る脅威にいち早く気づくことができるようになります。

ただいくら脅威に気づけたとしても、それに対抗する姿勢を取ることができなければ意味がありません。従来の「競争優位」の世界では、その優位性を守ろうとするあまり、これまで続いてきた戦略や組織の維持に貴重なリソースが多く割かれるという傾向がありました。そして既存の戦略が陳腐化するギリギリまでねばり、破綻した後でようやく組織の再構成が(ネガティブな空気が充満する中で)行われるわけですね。

しかし短期優位の世界では、そもそも優位性が長持ちするなどとは考えられていません。従って社内のリソースも、フレキシブルに割り当てられることになります(そこには否定的な感情は発生せず、ルーチンワークに近い形で行われます)。そして次の優位性がどれになるか検討する段階では、「長時間のディスカッションを経て、唯一の勝者に多額の投資を行う」というスタイルは取らず、トライアル&エラー型での試行錯誤が行われます。そこではスピードが重視され、外部のリソースを使うことも珍しくありません。この辺りは最近話題の「リーン・スタートアップ」と似た発想で、実際にエリック・リースの『リーン・スタートアップ』にも言及がなされています。

面白いのは、こうした世界で従業員に求められるのは"Learnability"(学習可能性)であると指摘している点でしょう。つまり社員が新しい知識や発想をどれだけ柔軟に取り入れることができるか、という話ですね。もちろん専門知識が必要なくなるという意味ではありませんが、優位性の波がめまぐるしく移り変わる世界では、それに合わせて自分の身を素早く変化させられることが重要になります。企業はそんな潜在力を持つ人物を重視したり、社員が新たな知識を身につけやすくなるように教育制度を整えたりするようになっていくでしょう。

本書はこの議論をさらに進め、「短期優位の時代に個人はどう行動したら良いか」というテーマに一章を割いています。組織を動かす立場にはないのだけれど、という方も、この部分は参考になるはず。これからのキャリアを考える上で、重要な示唆を与えてくれると思います。

優位性を保つために、あえてそれにしがみつくのではなく、次々に取り替えていくことを目指す――これまでも「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という言葉で象徴される、赤の女王仮説のような概念はありましたが、本書はそれをいかに実践するかという点で参考になる一冊でしょう。まもなく新しい年になりますし、ここらで競争優位の発想から、短期優位の発想へと頭を切り換えてみてはいかがでしょうか。

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