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【書評】嵐の前の期待と不安――『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』

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『ロングテール』『フリー』のヒット作で有名な『ワイアード』誌編集長のクリス・アンダーソン。注目の最新作『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』が発売されました。今回のテーマは「メイカームーブメント(Maker Movement)」。かつて技術の進歩により、出版業が「デスクトップ・パブリッシング」という形で個人の手の届くものになったように、製造業にも「デスクトップ・マニファクチャリング」あるいは「デスクトップ・ファブリケーション」が起きつつあり、個人や起業家がものづくりに参加するようになってきている状況を解説した一冊です。

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
クリス・アンダーソン 関美和

NHK出版 2012-10-23
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本書の内容を知った時、一冊の本を思い出しました。2006年(原著は2005年)に出版された『ものづくり革命 パーソナル・ファブリケーションの夜明け』です。MITビット・アンド・アトムズセンターの所長を務めるニール・ガーシェンフェルド氏が書かれた本で、副題が示している通り、工作機械のパーソナル化によって個人が自由にものづくりを行うという「パーソナル・ファブリケーション」の時代が到来することを予言した内容でした(ちなみに当時個人ブログで書いた感想がこちら)。

ガーシェンフェルド氏は2002年に、様々な工作機械を集めて個人が自由に扱えるようにした工房「ファブラボ(Fab Lab)」をスタートさせ、パーソナル・ファブリケーションが持つ意味と可能性を研究していたのですが、『ものづくり革命』はその中間報告書と言えるでしょう(ちなみにその後ファブラボは全世界に広がり、日本にも拠点があります)。様々なファブラボ参加者が取り上げられ、彼らがつくり上げたものとその背景、および製作過程が解説されており、「個人でもこれほどイノベーティブなものづくりができるのか」と驚かされました。そしてガーシェンフェルド氏がファブラボを開設してから10年が経過したいま、製造技術の個人化だけでなくウェブによる情報のオープン化・共有化が加わることで、どこまで大きなムーブメントが生まれようとしているのかを実感できる一冊が、アンダーソン氏の『MAKERS』ではないかと思います。

『ものづくり革命』がごく個人的・実験的な「ものづくり作業」を取り上げている一方で、『MAKERS』が主に焦点を当てているのは、製品アイデアの発案から販売までを手掛ける「ものづくりベンチャー」の動向です。製造業が個人レベルで実行可能になり、さらにウェブを通じて様々なコラボレーションができるようになった時代に、どのようなベンチャーを立ち上げることができるのか。また大手メーカーや海外の安い労働力に対してどのような戦略で立ち向かうことができるのか――アンダーソン氏自身、無人飛行機の製造キットと部品を販売する企業3D Robotics社を立ち上げており、その経験から得られた知見や教訓も取り混ぜて解説が行われます。巻末には付録としてCAD・3Dプリンタ・3Dスキャンといった機器・技術に関する入門編の記事もまとめられており、理論書の一方で実用書としての内容も備えている一冊と言えるでしょう。

アンダーソン氏はこうした自らの経験、そして本業(ご自身で何が本業と考えているのかは分かりませんが)であるジャーナリストとしての調査を通じて、3Dプリンタに代表される工作機械の個人化が「新しい産業革命」を起こすと結論付けています。実際に3Dプリンタなどは既存の業界構造や製造プロセスを大きく変えるだろうと予想されており、現在は大手メーカーがフォローできない「スキマ」を埋めるものとして活用されているパーソナル・ファブリケーションという存在が、次第にメインストリームへと変化してゆく可能性は高いでしょう。ただその前に、知的所有権が新たな形で侵害されるリスク・銃器など危険物が製造されるリスクなどの問題が存在しており、こうした点がどのような形で解決されるかによって「革命」の時期も範囲も大きく左右されるはずです(例えば3DプリンタにDRMをかける技術などが既に登場しています)。残念ながら本書はビジネスの側面からの考察に比重が置かれているため、社会の中でどのような嵐が吹き荒れるのか、そして政府や消費者の側ではどんな検討が必要かについては若干物足りない印象を受けました。

しかし本当に「新しい産業革命」が起きた時に私たちにもたらされるメリットと、今後のビジネス面での可能性については、読んでいて非常に胸が躍らされる内容でした。かつてブログを始めとしたCGMのツール類により、ビット(情報)の世界で成功を収める個人やスモールビジネスが登場したように、パーソナルな工作機械がアトム(原子=物理的空間)の世界でもアルファブロガーならぬ「アルファ・ファブリケーター」的な存在を生み出してゆく。そんな時代を垣間見させてくれる、この秋必読の一冊だと思います。

ちなみにクリス・アンダーソン氏が来月来日し、11月9日に六本木アカデミーヒルズで講演を行うとのこと(詳しくはこちら)。彼が日本におけるメイカームーブメントの可能性についてどのような発言をするのか、こちらも注目のイベントになりそうです。

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