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【書評】進化するロボットが進化の謎を解く――'Darwin’s Devices'

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これはまたユニークな本です。バッサー大学のジョン・ロング教授が書かれた、「進化するロボット」についての本'Darwin's Devices: What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology'をご紹介しましょう。

Darwin's Devices: What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology Darwin's Devices: What Evolving Robots Can Teach Us About the History of Life and the Future of Technology
John Long

Basic Books 2012-04-03
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ロング教授の専門は生物学。生物学の教授がなぜロボットを――という疑問がまっさきに浮かびますが、進化を模して形質を変化・次世代に引き継ぐことが可能なロボットを作成し、それを通じて進化の謎を探っているとのこと。また進化はしないものの、古代生物の特徴を模したロボットを作成し、その動きを観察して生態を推測するという研究も行っています。テレビ番組に協力して、1億5000万年前に生息していた巨大な肉食海獣「プレデターX」の狩りの様子を考察する、なんてこともされていますね:

プレデターX―最強の肉食恐竜を追え! (BS朝日 -  BBC地球伝説)

実際、彼らは4枚のヒレのうち、2枚を使うだけで泳ぐことができたのだ。ではなぜ4枚もヒレが必要だったのか? バッサー大学のジョン・ロング教授は、4枚のヒレを持つロボットで"プレデターX"の動きをシミュレートした。その結果、最高速度はヒレ2枚でも4枚でもほぼ同じ。違うのは加速の速さだった。つまり"プレデターX"は、普段は2枚のヒレだけを使って泳ぎエネルギーを節約。狩りの時だけ4枚のヒレを使っていたのだ。

※ちなみにこの箇所に関する本書中の解説は若干異なっていて、4枚のヒレがあった方が加速しやすいという点は合っているものの、それは小型の海獣のみに有効な特徴(獲物が来るのを隠れて待ち、奇襲するという作戦ができる)であり、プレデターXのような大型獣の場合には上記のような「節約作戦」を行えつことが4枚のヒレが残った理由ではないかと述べられています。

さて、本書ではこの「進化するロボットと、それを通じた進化のシミュレーションについて」というテーマが解説されているのですが、その内容は生物学者を目指していない僕にも十分に楽しめるものでした。食料を得るために発達したのでは?と考えられたある形質が、実験の結果仮説の通りには進化せず、それ以外の要素(例えば捕食者から逃げるためなど)も関係している可能性が明らかになったりとか……。ただ実験の過程やロボット製作の過程、結果の考察が事細かに説明されているので、「自分でも『進化するロボット』を作って研究したい!」という方にはまたとないテキストになると思いますが、そうでない方には若干退屈かもしれません。それでも「ロボットを進化させる」という取り組み、そしてそこから見えてくる生物という存在の仕組みについては、考えさせられるところが多いのではないでしょうか。

例えば「脳」の機能について。最近の脳科学では、人間の脳もサブシステムの集合体であるという捉え方があるようですが、本書でもごく単純なサブシステムを組み合わせることで、まるで「意識」を持っているかのような動きをするロボットが生み出されることが述べられています。一例を挙げると、本書で光に向かって動くというロボットが登場するのですが、センサーで光源を捉え、そこまでの距離を算出してヒレの動きを制御する……などという対応は(それでも目的は達成されますが)必要ありません。センサーと左右のヒレを直結させ、光を強く感じる方向の逆のヒレが動くようにすれば、体は光源の方向を向くことになります。いわば反射神経をつくり上げたようなものですが、この単純な仕掛けでも、意識があるかのような動きを見せるわけですね。

何かフィジカルな物体を動作させるというと、私たちはどうしても複雑なプログラム≒脳が必要であるように感じてしまいますが、実際には「身体」にあたる部分がそれぞれの判断で動くことを許し、本当に必要な場合にのみ介入することでも十分な場合が多い――こうした発見は、実際にロボットを作成して検証するという手法ならではのものでしょう。ロング教授は「体を持った脳」という表現で、ロジックと肉体が同時に作用することの重要性を指摘しています。

ちょっと話は脇にそれますが、最近ビジネスの世界でも、テストをしてその結果を基にアイデアを成長させてゆくという、いうなれば「進化型」のアプローチが注目されるようになっています。以前ご紹介した『リーン・スタートアップ』にはMVPという概念(「実用最小限の製品(Minimum Viable Product)」の略で、仮説検証サイクルを回すのに必要な機能を持つ製品/サービスのこと)が登場しますが、まさにロング教授の進化ロボットは、ある形質の有効性が検証されて引き継がれてゆくという点で、一種のMVPであるとも捉えられるでしょう。別に無理にビジネスにつなげる必要もないのですが、『リーン・スタートアップ』や関連本との類似性をどこかで感じながら読んでいた次第です。

ということで、もちろん「進化とは何か」という中心テーマ自体も非常に面白いのですが、派生で様々なことを考えさせてくれる一冊でした。ただ最後の章で少し怖かったのは、ロング教授が軍事用の「進化するロボット」の研究を進めていることを触れている点。軍事用進化ロボットの暴走を防ぐには?という議論もいちおう掲載されているのですが……逆にそこまで見通してるのが怖いよ!と感じてしまったりして。

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