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【書評】ダン・アリエリーの新刊'The (Honest) Truth about Dishonesty'

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予想どおりに不合理』などの著作でおなじみの行動経済学者、ダン・アリエリー氏の新刊'The Honest Truth About Dishonesty: How We Lie to Everyone---Especially Ourselves'が発売されました。パラパラと眺めてみましたので、簡単にご紹介と感想を。

The Honest Truth About Dishonesty: How We Lie to Everyone---Especially Ourselves The Honest Truth About Dishonesty: How We Lie to Everyone---Especially Ourselves
Dan Ariely

Harper 2012-06-05
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前2作で人間の「不合理」を追ってきたアリエリー氏ですが、今回のテーマは「不正」。なぜ人間はウソをつくのか、どんな要素が絡んでいるのか、どんな環境でウソをつきやすくなるのかといった疑問について、おなじみの心理学実験を通じて明らかにしてゆきます。アリエリー氏の実験にはユニークなものが多いですが、今回も「よくこんなこと試したなぁ」という実験が満載です。

例えば「偽物のブランド品を着ているとウソをつきやすくなるのか?」という実験。わざわざ本物のブランドバッグとサングラス約40万円分(!)を用意し、さらにその偽物も用意して、(1)本物を身に着けてもらった場合(本物であると告知)、(2)偽物を身に着けてもらった場合(偽物であると告知)、(3)本物か偽物か告知しなかった場合の3グループでどの程度ウソをつく確率に差が出るのかが検証されました。すると(1)<(3)<(2)の順でウソをつく確率が高まり、特に偽物を身に着けてもらった場合の確率は、他の2グループを大きく引き離していたとのこと。誰かと何か大切な話をする場合には、相手に本物の高級ブランド品を贈って、身に着けておいてもらうと良いのかもしれません(笑)。

こうした実験を通じて、アリエリー氏は「犯罪(この場合は主にウソをつくことですが)は(1)それによって得られる利益(ベネフィット)、(2)それが発覚する可能性、(3)発覚した場合のコストの3つを計算して、ベネフィットがコストを上回ったときに行われる」という「シンプルな合理的犯罪モデル(Simple Model of Rational Crime, SMORC)」が必ずしも正確ではないことを指摘します。単に想定されるコストとベネフィットを比べているだけであれば、先ほどのように身に着けているもので結果に差が出るということはありえないでしょう。ところが周囲に誰がいるか(同調圧力によって逆に犯罪行為が促される場合もある)、犯罪行為がどの程度犯罪を実感させるものであるか(備品を拝借する方が現金を盗むより心理的抵抗感がない)、事前にどの程度のガマンを強いられているか(ストレスが続いていると誘惑に負けやすい)といった無関係に感じられる要素からでも、不正行為が行われる確率とその内容は大きく変化するわけです。

このように「不合理な」要素も犯罪行為に深く関係していることを理解できれば、それを裏返しにすることで、今後の犯罪対策を大きく改善することが可能でしょう(例えばいまから行おうとしているのが犯罪行為であるとより実感しやすくなるような仕組みを設けるなど)。実際に本書でも様々な提言がなされているのですが、ちょうど最近読んだ本に、同じテーマを扱っている一冊があったことを思い出しました。セキュリティの専門家であるブルース・シュナイアー氏が書かれた'Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive'です。

Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive
Bruce Schneier

Wiley 2012-02-14
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「安定した社会を維持するためには人々の間に信頼関係が存在していなければならず、それを守るための社会的圧力(societal pressure)をどう構築してゆくか」というのが本書のテーマ。社会的圧力には4つの種類、すなわち「道徳的圧力(Moral Pressure:道徳心や遵法意識など、個人の心の中に存在する規範)」「評判圧力(Reputational Pressure:他人がどう思うか、どう反応するかという恐れから生まれる規範)」「制度的圧力(Institutional Pressure:法律や各種ルールなど、制度的に設置される規範)」「セキュリティシステム(Security Systems:ドアのカギやフェンス、警報機など、逸脱行為を防止・発見・対処する一連の装置)」が存在し、それぞれ長所や短所、得意領域を持つことが解説されます。アリエリー氏の本から導き出される犯罪対処のアイデアは、ここで言う「道徳的圧力」と「評判圧力」の範疇に含めることができるでしょう。

なぜ犯罪が生まれ、どうしたらそれを抑制できるのか。この2冊の本は、犯罪という現象が現れるメカニズム(原因の存在+抑制の失敗)を様々な側面から検証し、まだまだ考察が遅れている領域、つまり対処の余地がある領域を明らかにしてくれます。あるいは特定の部分(犯罪が減らないのは警察の怠慢だ、など)に目を奪われるのではなく、複数のアプローチを組み合わせたり、全体として不正行為に対処してゆくという発想を与えてくれることでしょう。アリエリー氏の軽妙な語り口に対し、シュナイアー氏の論理展開は非常にシステマチックであり、'The (Honest) Truth about Dishonesty'と'Liars and Outliers'はまったく違った毛色の本となっているのですが、それでも一緒に読んでみると面白い2冊ではないかと感じました。

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