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【書評】いつものクリステンセン本だと思うと裏切られる『イノベーションのDNA』

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翔泳社さまより、1月に出版されたばかりの本『イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル (Harvard Business School Press)』をいただきました。ありがとうございます。ということで、いつものように簡単にご紹介と感想を。

本書の著者はクレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセンの3名。「またクリステンセンのイノベーション本?」と感じる方が(もしかしたら)いるかもしれませんが、これまでのクリステンセン本だと思っていると、良い意味で期待を裏切られます。共著者の存在が大きく影響しているのでしょう、これまでようなの専門書風の体裁ではなく、実用書としての色合いが強い一冊となっています。

本書のテーマはずばり「どうすればイノベーターになれるのか」。イノベーションは生まれつきの天才が起こすものではなく、誰でも行動を通じて起こすことができるものであると解き、そのために必要な力を「関連づける力」「質問力」「観察力」「ネットワーク力」「実験力」の5つに分解して解説しています。さらに先程も述べた通り、教科書というよりはノウハウ集として書かれており、現実と乖離した部分を感じさせません。実際、本書に登場するアドバイスには個人レベルで取り組めるものも多く、読んだ直後から実践に移せる内容と言えるのではないでしょうか。

例えばこんな事例。インドのタタグループが開発した低価格車「タタ・ナノ」が誕生するきっかけとなったのが、ラタン・タタ会長が雨の中スクーターに山乗りになって移動する家族を見かけたことであるというエピソードをご存知の方も多いでしょう。ご想像の通り、これは「観察力」の事例として登場するのですが、実はタタ・ナノが普及するためにはもう1つ別の「観察」が必要であったことが紹介されます。少し長くなりますが、人々がスクーターを購入する様子を調査するために、農村にチームが派遣された部分を引用してみましょう:

チームがまず目をとめたのは、村の人たちが主な買い物を、日曜に開かれる青空市場や蚤の市ですませていることだった。スクーターや自動車の常設店舗というものは存在しなかった。スクーターの販売業者はトラックにスクーターを満載して市場にやってきて、指定された場所に並べた。客は一日のうちにスクーターを買い、免許をとり、操作方法を学び、そして家まで運転して帰るのだった。タタのチームは40台のナノをもちこみ、青空市場に出してみた。そこですぐにわかったのだが、お客はただやって来て、車を買い、家まで運転して帰るだけではなかった。まず何よりも、都市部と同じように多くの客が融資を必要としたため、ローンを提供する必要があった。だがナノに乗って帰るには、その場で保険に加入する必要がある。つまり、タタは保険も提供しなくてはならない。さらに重要なことに、ほとんどの顧客が運転免許をもっていなかったため、運転の教習――と免許を取得する手段――をその場で提供する必要があった。そんなわけでタタは最終的にすべてのサービスを順々に提供して、客が2時間から4時間のうちに車を選び、保険に加入し、融資を受け、操作方法を教わり、免許を取り、車を登録できるようにした。タタが、車を購入したいという、農村部のインド人のニーズを満たす方法を知る唯一の手段が、徹底した観察だったのだ。

ちょうど前回のエントリで、行商人や密輸業者などによって築かれた「見えない」経済に眼を向けようという本'Stealth of Nations'をご紹介しましたが、まさに見えないものを見る努力をしたかどうか=観察力を実践したかどうかで、隠れていた販売ルートを活用するというイノベーションを達成することができたわけですね(ちなみに本書では、新たな製品を生み出す「製品イノベーション」だけでなく、こうした業務サイドでのイノベーションも同様に重要なものとして扱われています)。

その意味では、本書は「破壊的イノベーション」などといった新たな理論を導くものではなく、革新的な企業であれば日頃から取り組まれていることを改めて整理したものにすぎません(もちろんそうした整理をするだけでも大変な作業ですが)。だからこそ、「読み終えた直後から実践に移せる参考書」という体裁を取ることができたとも言えるでしょう。しかし知っているのと、やっているのでは大違い。本書で書かれていることを「そんなこと知ってたよ」「それができりゃ苦労しないよ」で終わらせずに、どこまで実践に移せるかで、本書が提供してくれる価値は変わってくるのではないでしょうか。そして繰り返しになりますが、実践に移すという点では、本書は非常に親切に書かれている一冊です。

余談になりますが、僕は本書を読んで「ジェフ・ベゾス名言集」を作ったら面白いんじゃないかな……という斜め上の感想を抱いてしまいました。本書のあちこちに「ベゾスはこう言った」という箇所が登場するためですが、ポスト・ジョブズの大本命は、やっぱりベゾスなのかなぁなどと感じてしまった次第です。

イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル (Harvard Business School Press) イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル (Harvard Business School Press)
クレイトン・クリステンセン ジェフリー・ダイアー ハル・グレガーセン 櫻井 祐子

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