【書評】『ヴィクトリア朝時代のインターネット』
NTT出版さんより、新刊の『ヴィクトリア朝時代のインターネット』を頂きました。ありがとうございます。実は翻訳を担当された服部桂さんから、同書が出版されると聞き、自分でも予約注文していた一冊です。なぜそこまで注目していたのか。長くなりますが、訳者解説の冒頭部分を引用してみましょう:
インターネット30周年を祝うイベントが開かれていた1999年頃、ネット関連の会議などで頻繁に話題に上る本があった。それは、その前年に出版された本書『ヴィクトリア朝時代のインターネット(The Victorian Internet)』という不思議なタイトルの本だった。これを読んだ関係者が、「たかだか数十年の歴史しかないとされるインターネットだが、実はそのルーツは19世紀にまで遡ることができるんだ!」と胸を張っていたことを思い出す。「インターネットの父」と呼ばれ、69年の最初の実験にも加わり、現在はグーグルのチーフ・インターネット・エヴァンジェリストという肩書きを持つヴィント・サーフ氏もこの本を絶賛し、2008年に日本国際賞を受賞した際のスピーチでも言及している。「ネット業界のカルトな古典」とまで言われ、英国ではテレビ番組も作られたこの本の邦訳が、やっと出ることとなった。
僕も「ヴィクトリアン・インターネット」という耳に残るフレーズが気になって、本書の存在だけは気付いていたのですが、恥ずかしながら内容については一切知らないまま。期待感だけで本書を手にしたわけですが、その期待を大きく上回る、非常に刺激される一冊でした。
もちろんヴィクトリア朝時代、つまり19世紀後半から20世紀初頭にかけての時代にインターネットがあったわけではありません。では「ヴィクトリア朝時代のインターネット」とは何か。ネタバレをしてしまうと、それは電信(テレグラフ)であった、というのが本書の主張。電信という技術がいかに花開き、社会を変革したのか、また現代のインターネットといかに類似した存在であったかといったテーマが語られます。
例えばノードを通じて情報が伝達されて行く形式や、プロトコルによる拡張性の存在、さらに文化面ではコミュニケーションを簡略化するための省略語の登場(電信の場合には言葉の長さが料金体系と紐付いていたという理由もありますが)や、ビジネスへの活用、ハッカーや犯罪者の登場と、それに伴う暗号化の流行等々。そしてオンラインでの求婚や結婚式に使われるという、19世紀の「ネット恋愛」まで!著者のトム・スタンデージ氏は「われわれはまだ電信の創設した新しい世界に生き続けているのだ」と述べていますが、それが修辞的な表現には感じないほど、ヴィクトリア朝時代に起きたこの「情報革命」と現代社会との類似性を実感させられることでしょう。そしてその類似性は、現代のインターネットを考える際にも非常に参考になるはずです。
個人的にその思いを痛感したのは、電信に対する過剰な期待感が蔓延したことを解説している箇所でした:
また他の詩的な言葉で平和を実現する電信の力を擁護しようとする声は「違った国々や人種それぞれが自然に並立する。彼らはお互いをもっとよく知るようになる。お互いが働きかけ反応する。同じ同情の念で感動し同じ興味に揺り動かされる。つまりこの電気の火花は人類の心を燃え上がらせる新のプロメテウスの火なのだ。人類はみな兄弟であることを学び、義務ではなく自らの興味を持って地球全体の善意や平和を啓発していく」と述べる。
しかし地球規模での電信網が持つ社会的な影響は、そう簡単には明らかにはならなかった。よりよいコミュニケーションが必ずしも他の論点の理解を広げるとは限らず、新しいテクノロジーが物事をよい方向に導く可能性はいつでも大げさに語られすぎ、一方それが物事を悪い方向に向かわせるということは、たいてい予見できないものなのだ。
これが今年初頭のジャスミン革命や、エジプト革命の直後にソーシャルメディアについて書かれた文章だと言われたとしても、特に違和感を抱かないのではないでしょうか。私たちは最新の技術を目の前にすると、それが過去には想像すらされなかったもので、これまでになく優秀なものであり、従って今まで解決できなかった問題を魔法のように消し去ることができるのだと期待してしまう生き物なのかもしれません。
著者はこうした傾向が、「自分の世代が歴史の最先端に浮かんでいると考える、『クロノセントリシティー(chronocentricity)』とでも呼べる考えによって助長されている」と指摘します。せめてこの「クロノセントリシティー」に捕らわれることのないよう、心の片隅に、歴史を振り返る気持ちを持ち続ける必要があるのではないでしょうか。そしてそんな思いに真正面から応えてくれる本の一冊が、『ヴィクトリア朝時代のインターネット』であると思います。
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