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【書評】Free: The Future of a Radical Price

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前作『ロングテール』が日本でも大ヒットした、Wired 誌編集長のクリス・アンダーソン氏。彼の新作"Free: The Future of a Radical Price"が発売されたので、紙版を購入して読んでみました。

「紙版を購入して」とわざわざ書いたのには理由があります。実はこの"Free"、無料のオンライン版オーディオブック版が用意されており、文字通り"free"で楽しむことが可能(ちなみにオーディオブックには有料の要約版も存在します)。オンライン版は Scribd で提供されていますので、ご覧のようにエンベッドさせてしまうことも可能です:

FREE (full book) by Chris Anderson (Read in Fullscreen)

こんなことをしてビジネス的に大丈夫なのか――ええ大丈夫なんですよ、むしろこれこそが今後のビジネスモデルになっていきます、というのが本書の内容。自ら実践してみることで、書かれていることの正しさを証明しようというわけですね。実際、僕もわざわざ2,424円を出して紙版を購入してしまったわけで(笑)。僕は「フィジカルなものにお金を出す場合には心理的抵抗感が少なく、また『どこでも持ち運べてどこでも読める』という紙版のメリットにお金を払う人がいる」という想定を実証したことになります。ちなみにオーディオブックでなぜ要約版が有料なのかというと、「それによって短縮できる時間に価値を見いだす人がいるはず」というロジックがあるとのこと。

さて、読み終えた後の感想ですが。残念ながら前作『ロングテール』ほどの革新性は感じられなかった、というのが正直なところです。ロングテール現象とは異なり、無料モデルは目で見て理解することが可能で、しかも既に様々な分野に進出しています。歴史的にもまったく新しいアイデアというわけではなく、例えばテレビやラジオといった身近な例がずっと昔から存在しているわけですね。また「無料」が消費者心理に与える影響についても、最近はやりの行動経済学の本が先に扱っていますし。この分野に興味がある方は、似たような話を読んだことがあるなと感じる部分が多いのではないでしょうか。

ただし、だからと言ってこの本を読む意味がないというわけではありません。無料モデルが古くから存在していたことは本書でも解説されており、なぜネット時代になってこのモデルが注目を浴びるようになったのか?という点にまで深掘りして考察が行われます。また過去における同様のモデルとは何が違うのか、自分が関係する業界で無料モデルを取り入れる余地はあるのか、無料モデルにはどのような種類があるのか、無料モデルの下ではゲームのルールがどう変わるのか等々、今まさに「無料」に直面しようとしている人々にとってすぐに役立てられる情報が載せられています。似たような考察をブログ等で読めるとはいえ(例えば本書のベースとなった Wired 誌の記事もこちらで読むことが可能)、まとまった形で無料モデルについての概観を得られるというのは、やはり大きな価値でしょう。

本書に対しては、マルコム・グラッドウェル氏をはじめとする人々から既に反論が出ています(以下の関連記事を参照のこと)。確かに『ロングテール』の時と同様、理論が先行してしまっている感もありますが、これまた前作と同様に幅広い議論を生み出していくのではないでしょうか。少なくとも多くの人々にとって、何らかのひらめきが生まれる一冊になるはず。既に大きな市場シェアを握っている大会社の社員にとっては「ウチの市場も無料モデルに浸食されるかもしれない」という恐怖を、大会社に一泡吹かせてやろうというベンチャーの社員にとっては「これで市場をひっくり返せるかもしれない」という希望を、それぞれ与えてくれることと思います。

【関連記事】

マルコム・グラッドウェル、クリス・アンダーソンの最新作に反論
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【○年前の今日の記事】

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