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機長はヒーローなのか?

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ニューヨークで離陸したばかりの飛行機と鳥が激突、エンジンが停止したためやむなくハドソン川に緊急着陸するも、奇跡的に乗客・乗員とも全員助かるという出来事がありました。既に多くの報道がなされているのでご存知だと思いますが、この背景には、ベテラン機長の冷静な判断があったようです:

「奇跡」を呼んだベテラン機長 NY旅客機不時着 (CNN)

同機は離陸後にエンジンが鳥を巻き込み、停止したとみられる。操縦していたのは、チェスリー・B・サレンバーガー機長。管制記録のテープを聞いた当局者によると、同氏は「パニックやヒステリーを起こすこともなく、非常に落ち着いた様子だった。プロ意識に徹し、整然とした対応を示していた」という。

仮に機長がパニックやヒステリーを起こし、興奮した状態で意志決定を行っていたらどうなっていたか――そう考えて、最近読んだ本『あなたはなぜ値札にダマされるのか?』に載っていた事例を思い出しました。ここではサレンバーガー機長同様に経験豊かで、KLM航空の安全プログラムの責任者にも選ばれていたパイロットが登場するのですが、逆にあせりから大事故を起こしてしまう姿が描かれています。別にサレンバーガー機長がラッキーだっただけ、などと言うつもりはありませんが、機長一人に全てを委ねるのは運に賭けるようなものなのでしょう。

それでは、航空業界はどのような対策を行っているのか。その一つが、同書の中で紹介されています:

航空機事故に関してNASAがおこなった調査が、航空機の航空手順を大改革することに役立った。操縦室の人間関係については、人的資源管理(CRM)という新しいモデルが作られた。それはパイロットに、ほかのスキルと同時に、効果的な反対者になる方法を教えるものだった。

(中略)

カンキたち研究者のおかげで、航空業界は変わった。サウスウエスト航空のレックス・ブロッキントン機長は言う。テネリフェ島の事故以前の航空業界では、「機長はすべてに責任を持つ全能の神のような存在でした。機長が決定をくだし、ほかの者は意見を言って却下されるのを恐れて、黙っていたものです」

(中略)

「私がサウスウエスト航空に入ったときには、人為的ミスを克服しようという運動が推進されていました。機長は絶対だという見方をとり除くことを、CRMは明確に目的としています。今でも、機長はその飛行機の最終責任者であることには変わりありませんが、もはや神ではありません。パイロットが採用試験の面接を受けるときでさえ、機長の権限が絶対でないことを教えられ、副操縦士も運航管理者(すべての書類仕事と飛行計画をまとめる者)もいることを忘れないようにと告げられます」

機長が誤った判断を行った際、それを訂正できる者がコクピットにいるように、機長に反対できるような雰囲気をつくること。しかしそんなことを意識的に行わなければ、緊急事態に陥っている機内でも機長に逆らえないものだろうか?と疑問に感じるかもしれませんが、"Outliers: The Story of Success"に興味深い話が載っています。それによると、「権威者・年長者の言うことには従わなければならない」という文化が強い国の航空会社ほど、事故を起こす確率が高かったとのこと。またそれをきちんと認識し、「機長に逆らえる雰囲気」をつくることで成功した航空会社も紹介されています。

そうだとすると、今回サレンバーガー機長がヒーローとして祭り上げられてしまうのは、望ましい状況とは言えないのではないでしょうか(繰り返しますが、もちろん彼の功績を否定するつもりはありませんよ)。仮に「彼はあの危機を切り抜けたスーパーマンだ、間違うはずがない」という意識が生まれてしまったら、次に彼がミスを犯した時に重大な危機が生まれてしまうはずです。また「機長はヒーロー」というイメージによって、サレンバーガー機長に限らず、「機長は全能の神」という認識が再び力を得てしまうかもしれません。

機長はヒーローになれる。しかしヒーローであることを期待する意識は、逆に危険である――そんな風に考えておく必要があるのではないでしょうか。またこれは航空業界に限らず、「トップによる意志決定の誤りを防ぐ」という点で、普通の企業にも言える話だと思います。実際、航空業界の「乗員同士の協調」というアプローチを医療分野に応用し、医療事故を防ごういう動きがあるとのこと。もちろん企業内での意志決定は、一分一秒で正しい判断を行わなければならないというものではありませんが、「上司に逆らっても良いのだ」という意識は多くの組織にとってマイナスにはならないはずです。

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