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カリスマ経営者時代の終わり

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言わずと知れたアップルのCEO、スティーブ・ジョブズ氏の健康状態が悪化しているようです。とりあえず6月末まで休養することが発表されましたが、「退任ではなく休職」という決定について、批判の声が挙がっています:

スティーブ・ジョブズ氏の時代は終わった (ITmedia AnchorDesk)

そろそろAppleの取締役会もでたらめを言うのはやめて、正しいことをすべきだろう。ジョブズ氏の病状について明確に説明し、ジョブズ氏復帰の現実的な可能性や、不測の事態に備えての新経営陣への移行プランなどについても、6月を待たずにきちんと説明する必要があるだろう。

個人的に、この記事に書かれていることに同感です。もちろんジョブズ氏が偉大な経営者であり、アップル復活に重要な役割を果たしたことを否定するつもりはありません。しかし健康問題はずっと前から存在していたわけで、いざという事態に備えて後継者を用意し、すみやかな権力移行が行えるよう準備しておくのがジョブズ氏の務めだったと思います。このまま彼がCEOに復帰できず、アップルの株価が低迷するようであれば、「偉大な経営者」という評価にも傷をつけることになってしまうのではないでしょうか。

ジョブズ氏のような「カリスマ経営者」が崇拝されるというケースは珍しいものではありません。特に現在のような経済危機の状況下では、「どこからかスーパーマンが現れて、僕らの苦難を一気に解決してくれないだろうか」と期待してしまうのは普通の感情でしょう。しかし誰か一人のカリスマに組織運営を委ねるというのは、果たして現代に適したことなのでしょうか?

次世代型の組織について長年研究され、『フューチャー・オブ・ワーク』などの著作があるトーマス・マローン教授は、ハーバード・ビジネス・レビューの2007年9月号に掲載された論文「完全なるリーダーはいらない」で以下のように述べています:

我々が直面している課題は多岐にわたり、複雑さは拡大する一方で、とても一筋縄にいかず、おのれの無力さを痛感させられる。いまやグローバル市場の文脈を無視して、意志決定することはできない。したがって、金融、社会、政治、技術、環境などを、いっきに、時にはドラスティックに変化させることもある。また、社会活動家、規制当局、従業員といったステークホルダーも、企業にさまざまな圧力をかけるようになった。

要するに、一人の人間が先頭に立って、すべてを切り盛りできる状況ではないのである。にもかかわらず、「完全なリーダー」という神話、ひるがえせば「完全でなければ無能なリーダーと思われやしないだろうか」というおびえのために、多くの経営者が完全主義者と化し、みずからを疲弊させてしまうだけでなく、その過程で企業にもダメージを与えている。

それでは、どのような経営スタイルが求められているのか。ここから先は言うまでもないかもしれませんが、個から集団へ、ヒエラルキー型からネットワーク型へという変化が生じていることが指摘されます:

言うまでもなく、ここ数十年の間、組織はかつてほど硬直したものではなく、コラボレーションが前面に押し出されてきた。グローバリゼーションが進み、知識労働の重要性が高まったことによって、責任と自主性をより広く浸透させることが求められているからである。

しかも、多くの人たちがその行動を互いに調整できるようになった。大量の情報を数ヵ所に集中させ、さまざまなネットワークを社内外で利用することにより、大量の情報を数多くの場所にいっぺんに送信可能になったためである。

その結果、いわゆる「クモ型」ではなく「ヒトデ型」に権力を分散した組織が可能となり、新しい時代のなかでより優れたパフォーマンスを発揮するようになってきています。もちろん個々の能力の差が結果におよぼす影響が否定されるわけではありませんが、今後ますます個人の力、現場の力を集約させることが成否を左右するようになるでしょう。ジョブズ氏が経営者の座から去ろうとしていることは、カリスマ経営者時代の終わりを象徴しているように感じます。

繰り返しますが、ジョブズ氏の退任を願っているわけではありませんし、彼の姿が見れなくなるのは非常に残念です。しかし復帰したとしても、再びアップルのCEOとして働く必要はないのではないでしょうか。むしろビル・ゲイツ氏のように一線を退き、別の世界で活躍する姿も見てみたいと思います。

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