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【書評】『教育×破壊的イノベーション』

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旅行中、空き時間に本を読んでいた関係で、このところ書評的なエントリが続いてしまっていますが。翔泳社様より、クレイトン・クリステンセンの最新刊『教育×破壊的イノベーション 教育現場を抜本的に変革する』をいただきましたので、少しコメントしてみたいと思います。

クリステンセンと言えば、ご存知の通りイノベーション研究の第一人者。著書『イノベーションのジレンマ』を繰り返し読まれた方も多いでしょう。その彼が教育問題に関する本を書いた、しかも「破壊的イノベーション」の考え方を使って、と聞けばビックリされるのではないでしょうか。僕も最初は「イノベーションの理論で教育問題を考えられるのか?」と懐疑的だったのですが、結論から言うと、本書は「破壊的イノベーション理論」の非常に優れた応用例になっていると思います。

なぜ既存の教育システム(複数の生徒を1つのクラスにまとめ、同じ講義を同じペースで受けさせるという「一枚岩型教育」)は批判を浴びているのか。なぜそれを改善しようという試みが失敗しているのか。クリステンセンは教育手法を「テクノロジー」と捉え、問題の原因を「持続的イノベーションしか行われていないからだ」と説きます。つまり一枚岩型教育は過去の状況に対して最適化されてしまっており、そのフレームワークの中で改善を目指しても問題の解決にはならない、と。そして必要なのは、教育における「破壊的イノベーション」であると主張しています。

それでは、教育における破壊的イノベーションとは何か。そもそも何かを理解する方法やスピードは、生徒毎に異なるもの。であれば個々のスキルやニーズに合わせた教授法を採用するのがベストのはず。これまでもその点は理解されていたのですが、実現するには物理的にも金額的にも高いハードルをクリアしなければならない状況でした。しかし現代のICT技術を駆使すれば、生徒一人一人が自分のためにカスタマイズされた講義を受けることが可能になるはず――これこそが破壊的イノベーションであり、普及に向けて正しい戦略が採用されれば、近い将来に実現されるはずだというのが本書の主張になります(もちろん細部は端折っているので、疑問に思われた方は是非本書を読んでみて下さい)。

しかし既存の教育を「破壊」しようとすれば、現在の教師や教育行政関係者が黙っていないんじゃない?という点についても、本書は破壊的イノベーションの理論を応用して考察を行っています。破壊的イノベーションによって実現された商品/サービスの最初のユーザーとなるのは、「無消費」だった人々――すなわち既存商品/サービスのユーザーではなかった人々であることが多い(従って新しいテクノロジーが既存テクノロジーより品質の面で劣っていたとしても、それほどマイナスに受け取られない)というのがクリステンセンのイノベーション理論ですが、教育においても

一見すると、アメリカの学校教育にはほとんど無消費は存在しないため、破壊は教育が行き届いていない途上国にしか起こらないと考える人がいるかもしれない。何と言ってもアメリカの子どもたちには、就学が義務づけられているのだから。だがそうは言っても、アメリカの学校の教室レベルで見れば、コンピュータベースの学習が根づくことができそうな無消費の領域はたくさんある。何もしないでいることに甘んじるしかない無消費の状況の例としては、APをはじめとする特別コース、幅広い教育サービスを提供することができない小規模学校や農村部・都市部の学校、卒業するために科目の再履修が必要な生徒のための「単位復活」、普通学校の進度についていけないホームスクール(自宅学習)の生徒、特別な個人指導を必要とする生徒、未就園児などがある。コンピュータベースの学習は、すでにこうした足がかり的市場では根づいており、予測通りのペースで「市場シェア」を獲得している。すべての破壊と同じく、最初はレーダー上の輝点として現れ、それから主流派が一見どこからどもなくやってきて急速に採用し始めるのだ。

という「無消費」の分野から浸透が始まるのではないかと指摘しています。ここで挙げられているのはアメリカの例ですが、日本でも「過疎化が進む地域で小中学校が廃校になる」などというニュースが度々流れていますし、同じような「無消費」の状況が存在しているのではないでしょうか。そしてそういった問題への対応から、新しいコンピュータベースの教育システムが構築されていく可能性は十分にあるでしょう。

といった具合に、「破壊的イノベーション」の理論が教育問題へときれいに当てはめられていきます。それがどこまで正しいのかは今後の検証になるとして、ここで示された仮説とソリューションは、議論の出発点として広く受け入れられるのではないかと感じました。

ということで、本書は未来の教育について考えている人にも、クリステンセンのイノベーション理論がどこまで応用可能か見極めたいと考えている人にも、等しく有益な一冊だと感じましたよ。解説も含めて236ページで、しかも破壊的イノベーションの理論を初めて学ぶ人にも分かりやすく解説されていますので、「クリステンセンの本って読んだことないんだよなぁ」という人にもお勧めできると思います。

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