図書館がレコメンデーションする日
昨日も取り上げた『その数学が戦略を決める』ですが、もう1つ面白い(怖い?)可能性を示唆してくれています。それは言うなれば、「政府がデータ分析を活用し始める日」:
政府も手持ちの巨大データ集合を絶対計算して、それぞれの市民が自分自身についてわかるようにすればいい。絶対計算は本当に政府を一変させるだろう。税務署はいまは忌み嫌われるのが普通だ。でも税務署には大量の情報があって、それを分析して報せれば、人々の役にたつかもしれない。
人々が有益な情報を税務署に教えてもらう世界を想像してみよう。税務署は中小企業に、広告費を使いすぎてますよ、と教えたりできる。個人に対してこの所得階層の人間はもっと慈善に寄付をしているよとか、老後年金にもっと積み立てていますよ、と教えたりできる。
そう、私たちの生活に密接に結びつくデータを保持しているのは、実は企業だけでなく政府も同じなわけですね。であれば、企業がやっているのと同様に、政府もデータ分析を活用して新しいサービスを生み出せるのではないか……という発想です。
しかしそうなれば、昨日のエントリでも述べたように、懸念されるのはプライバシーの問題です。上記の文章はこう続きます:
実はクレジットカードのVISAは、カードでの購入履歴を元に離婚確率を予測しているのだ、と聞いたこともある(離婚するとカードの支払い遅延確率も変わるのだ)。もちろんこうなると話はオーウェル的になる。税務署から、あなたはもうじき離婚しそうですよ、なんて言われたくない人もいるだろう(少し先の章では、こうした絶対計算が本当によいことかどうかを検討する。個人的な事柄を正確に予測できるにしても、それを実際に予測していいかどうかは別問題だ)。
ある人物が離婚したかどうか、あるいは離婚しそうかどうかがデータから分かってしまうのだとしたら、プライバシーなどはあってないようなものになってしまうでしょう。だとしたら、政府がデータ分析に手を出すことは許されるのだろうか……答えは簡単に出そうにありません。
実は先日、新聞でこんなニュースを目にしました。残念ながらネット上では見つからなかったので、簡単に引用してみます:
図書館で利用者のマナーが悪化し蔵書が破損するケースが増えているとして、東京都練馬区立の11図書館が今月から、本の貸し出し履歴を一定期間職員が参照できるシステムを導入した。貸し出し履歴は流出すれば借り主の思想・信条を侵す恐れもあり、日本図書館協会は個人情報保護などに関する基準で「返却後は速やかに消去しなければならない」としている。区も昨年末まで返却時に消去していた。
(中略)
区が履歴の一時保存に踏み切ったのは、ここ数年、貸し出された本が切り抜かれたり書き込みされたりして、誰が破損したかを巡り窓口で利用者とトラブルになるケースが増えているためという。
貸し出し履歴の保存。確かにやろうと思えば、「○○という本を借りる人物は××という犯罪を犯す傾向にある」などという解析が可能かもしれません(そんな小説を読んだ記憶があるのですが……)。しかし貸し出し履歴ではなく、購入履歴であれば、既にアマゾンを始めとするオンライン書店で普通に行われています。個人的には「戦前ではあるまいし、いまさら心配しても……」という印象です。
逆に図書館が貸し出し履歴を活用すれば、アマゾンのようなレコメンデーションサービスを始めることも可能ではないでしょうか。「この本を借りた人は、こんな本も借りています」という具合に。さらにアマゾンのアカウントと連動して(つまりどんな本をこれまでに買ったか/借りたかを統合できる)、より精度の高いレコメンデーションを行ったり、「最初に図書館を調べ、無ければ買う」などといった行為も可能になります。そうすれば、「本を読む」という行為の最初の窓口が、図書館のウェブサイトになるという可能性も出てくるのではないでしょうか。「遺失・破損対策に履歴を取ります」という形よりも、「よりよいサービス提供のために始めます」という方が、賛同する人も多いでしょう。
もちろん履歴が不正に利用されて、上記のようなプライバシー侵害が起きることは防がれなければなりません。しかし「住基ネット」などのケースでも議論されたように、政府によるプライバシー侵害のリスクが上がることは絶対に防がれなければならないのか、多少リスクは上がってもよりよいサービスを提供してもらった方がいいのか、一人一人が考えなければならない時代になっているのでしょうね。