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決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

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サービスを標準化することはできません。もちろん「お冷は無料で出す」「車椅子の方には手を貸す」など、ある程度マニュアル化することはできます。しかしそれが硬直化してしまうと、「ミルクを作りたいので白湯が欲しい」「できる限り自分で努力したい」などという場合に対応できません。臨機応変がサービスの真髄だとすれば、「~の時は~して」という教え方は根本的に間違っていると言えるでしょう。

料理通信』の2007年5月号に、「リストランテ デッラ・コリーナ」のオーナー・桧垣隆二さんの話として、こんな一文がありました:

「デッラ・コリーナ」のオーナーは、サービスのプロである。桧垣隆二さんは「タント タント」の母体会社で15年間、イタリアンをはじめ、すし、お好み焼きなど様々なスタイルの店でサービスに携わってきた。

「僕が求めるサービスは、お客さんに自然な受け答えができること。でもそれは本人の資質によるところも大きい。だからサービスは、教えるということが難しいんです」

(中略)

「それからが技術です。サービスとは結局“気づき”。どれだけ気付けるかの差ですが、僕は具体例を項目立てにしてスタッフに伝えています。例えば、お客さんがカーディガンをはおったらエアコンが強いのかもしれないとか。それに気付けは、お寒いですか?と声をかけられます。ただしマニュアルではなく、あくまでヒントとして。若いスタッフでも、この項目があれば経験値が増やせます。(後略)」

ちょうど先日、「箇条書き vs. 物語り」というエントリの中で、物語りとして情報を伝えることの有効性について書きました。「デッラ・コリーナ」の例は、まさにこれに当てはまるのではないかと思います。上記の例を、仮に「エアコンの温度をチェックして、店内を適温にしよう」という抽象化した指示として伝えたとしたらどうでしょうか。店員は「そうだよな、店内は適温でなきゃ」と理解するでしょうが、それを忙しい現場で思い出して行動に移すのは難しいのではないでしょうか。

また「知識を抽象化した項目として共有しよう」となると、情報を出す側にも負担がかかることとなります。「今日こんなことをしたけど、あの場面に限った話かもしれないし……」と勝手にフィルタをかけて、重要な情報が出てこなくなるかもしれません。「今日こんなことがあったので、こんな対応をしてみた」という“物語り”であれば、話し手の側もやりやすいのではないかと思います。

ちょっと思ったのですが、社内ブログのネタとして「今日あった物語」を書かせるというアイデアはどうでしょうか。「日報」は定型フォーマットの報告として、ブログは非定型の生データとして。その両輪を揃えることで、良いサービスの標準化に近づけるかもしれません。

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