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試案は汚く、壊しやすく

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先日、これまた書店で平積みされているのを見て手に取った本『デザイン思考の道具箱―イノベーションを生む会社のつくり方』を読み終えました。タイトルの通り「デザインのプロセスをイノベーション創造にどう活かしていくか」を考察した本なのですが、その中にこんな一節がありました:

わざと壊れやすいものでつくることによって、自分たちでつくりながらインタラクションできる。見た目がそれほど美しくないということで、プロダクトやサービスに対するフェティシズムが消える効果もある。

新しいモノをデザインする中での、プロトタイプ作成ステップについて解説された言葉です。しかしこの言葉は、モノをつくるプロセスだけではなく、何かを創造するプロセス全般に当てはめられるのではないでしょうか。

例えば、明日の会議に向けて準備を進めているとしましょう。上層部にアイデアを披露するための場で、提案資料を作らなければなりません。全てのページを一通り作り上げたところで、ふと「A>B>C>D」という構成ではなく、「A>D」という構成にした方がすっきりするんじゃないか?という発想が浮かびました。今から頑張れば、一から資料を作り直しても間に合います。こんな時、何のためらいもなく作り直す方を選択できますか?

ここで「作り直す」を選択するのに2つのカベが存在します。1つ目は「直しにくさ」。例えば「新しい発想が浮かんだのが、プリントアウトまで終わった後だった」ら作り直すのに抵抗を感じますよね。逆に「資料は紙に出力する必要はなく、プロジェクタを使ってのプレゼンテーションのみでOK」であれば、多くの人が再び作業に取り掛かるはずです。2つ目は「美しさ」。資料が完璧な美しさを持っていたとしたら、それをゼロにして捨ててしまうのは忍びないでしょう。僕は逆に、「たたき台を作ってくるよ」と称してキレイに作画・配色してある資料を作り上げ、「なんとなくこの資料を直すのはもったいない」という雰囲気に持っていく策略を使うことがありますが。

そう考えてると、モノをつくるにせよ、資料を作るにせよ、はたまた新しいビジネスを考えるのにせよ、「試案は汚く、壊しやすくしておく」というのが鉄則であるように思います。仕事に取り掛かる時はいきなりPCに向かうのではなく、まずノートと鉛筆と消しゴムを取り出すところから始めるべきなのかもしれませんね。

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