音楽にもバリアフリーを
また僕の祖母の話で恐縮ですが、彼女は「御詠歌」というものに参加していました。御詠歌とは仏様を讃えるための歌のことで、鈴と鉦という2つの楽器を使ってリズムを取りながら唄います。カセットテープにお手本を録音し、それを小さなラジカセで聞きながらよく練習していました。僕が自宅にいたときには、テープのダビングなどをしてあげたことを覚えています。
時代は変わって、いまや携帯型MP3プレーヤーで音楽を聴く時代となりました。「カセットテープをダビングしてあげる」などという行為は、もう廃れてしまったでしょう。昨日ちょっと用事があり、近所の家電専門店に出かけたのですが、オーディオコーナーにはそれこそ山のように携帯型MP3プレーヤーが並べられていました:
しかしふと気になったことが。それはどれもこれも「小さい」ということ。また多くのプレーヤーは、サイズに比例して操作ボタンがごく小さくなっています。「携帯型」プレーヤーなのだから当然なのですが、もしうちのおばあちゃんが新しいラジカセを買いに来て、「もうラジカセなんてありませんよ、これからはデジタルプレーヤーの時代です」と言われてこのコーナーに通されたら面食らってしまうでしょう。どれもお年寄りが操作するには小さすぎます。
中にはこのように、ボタンが大きいものもあります。しかしよく考えると、ボタンはフワフワとした押し応えで、ちゃんと正しいボタンを押せたかどうかよく分かりません。また説明がマークだけなので、正しく操作するためには(おそらく小さな字でビッシリ書かれた)説明書を読まなければならないでしょう。
もちろん今はまだ小型ラジカセが生き残っていますから、うちのおばあちゃんにはそちらを買ってあげれば大丈夫です。しかし数年後はどうでしょうか?また若い人 たちのように、ネット経由で音楽を入手して、散歩しながら楽しみたいというお年寄りがいたら?考えてみれば、いちいち音楽店(若者がウヨウヨしていて、非常に危険な場所である上に、多くがビルの高層階にあります)に出かけなくてもよいデジタル 配信は、お年寄りこそ利用価値が高いものかもしれません。しかしプレーヤーがこれほど小さく、操作し辛くては、たとえ複雑なサイトを使いこなすお年寄りがいても、PC以外で音楽を楽しむことに苦労するでしょう。
「お年寄り向けなら、機能を再生に限定してボタンを大きくすればいいんだろう。単純な話、いつでも開発できる」と感じるかもしれません。しかし通話専用携帯としてヒットした「ツーカーS」の開発過程を知ると、話はそう単純ではないことが分かります:
■ 開発者に聞く、液晶なしのツーカーSができるまで(ITmedia +D Mobile)
ツーカーSは単に「通話以外の機能を削ぎ落としたケータイ」という発想で開発された製品ではありません。電源の入れ方からボタンのサイズ、液晶画面の有無、着信の受け方など、様々な配慮を重ねた上で完成したのがツーカーSです。「単に通話だけできるケータイ」という発想であれば、お年寄りから受け入れられることはなかったのではないでしょうか。同様に「高齢者向けMP3プレーヤー」という製品を本気で開発しようとしたら、非常に多くの労力が必要になると思います。
「これから高齢化社会が云々」と説明するつもりはありませんが、もう少し幅広いユーザー層を念頭に、さまざまな製品が開発されるようになっても良いのではないでしょうか。それがツーカーSのように、思わぬヒット商品を生み出すというビジネス上の効果につながるかもしれません。しかし何よりも、これから自分自身が歳を取っていくなかで、少しでもバリアフリーな社会--現実世界/デジタル空間問わず--を実現する準備をしておく必要があるのではないかと感じています。