2009年12月
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2006/02/02
最近では、匿名ブログながらアルファブロガーと呼ばれているブロガーの方も大勢いらっしゃいます。それだけ、投稿数が多く、内容も濃いのでしょうね。
ではその内容。どういったものが多いのでしょうか。論壇系、アンテナ系、テクノロジー系、と分けられていますが、テクノロジー系を除くと、かなり強引な分け方ですね。(^^;
巷には、かなり多くのブログがありますが、本名で書かれているブログの一部は、商売にも活用したい、といった、個人事業主ブログ(そんな名称あるのかな?)があります。コーチやコンサルタントといった職業の方が目立ちますね。
もちろんオルタナティブ・ブログのように、本名で書くことを前提にしているブログもあるので、一概には言えませんが。
では、匿名で書くブログには、どういったものがあるのでしょうか。
これまた、多種多様ですが、論壇という名の「誰かを批判する」といったブログも少なくありません。
インターネットが普及し始めた90年代後半から言われ始めていることですが、今までの書籍は必ず「誰か」の検閲を受けていました。出版社から発行される、ということはそういうことです。(もちろん、それでも間違いはありますが)
インターネットの場合、以前であればftpツールさえあれば、今ですとキーボードさえ打つことが出来れば、誰でも情報を発信できます。その中身に保証付きとは限りませんが。
そして、それが匿名であれば尚更、誰かの批判モードは強まるように感じます。また、そこに書かれている内容が、正しいのか正しくないのか。正しい可能性がどれくらいのものなのか。あるいは、全くの推測なのか。これは、読み手には分かりません。(新聞等に書かれていること以外の情報について)
そのブログが、どれほどのアクセスがあるのかは知り得ませんが、これも情報過多の現象なのでしょうか。
だとすると、我々が自分で考える力、読み取る力、そして入ってきた情報のうち、どの情報を残して、どの情報を捨てるか。その力量が問われるのかも知れません。
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コメント
ずいぶん前から情報過多にはなってきていますね。
おそらく大半の人間が「耳年増」になっていると思います。勿論私も含めてですが。
それはともかく本題。
大元の情報があって、個人やマスメディアというフィルターを通ってその情報を受け取る以上は、偏った情報、正確とはいえない解釈というのは付きまといます。
何せ面と向かって会話していても意思疎通は難しいのですから。
私たち受け取り側に重要なのは、一箇所からの情報で満足せず、一つの情報に対して、フィルターを通って微妙に真実から離れた情報を出来るだけ集めてそこから真実を見極める事と、それらから各者各様の考えや嗜好がある事、様々な解釈の仕方を知る事ではないでしょうか。
そういった観点からいくと、情報過多という現状は歓迎すべき状態とも言えるし、ブログに至っては、今まで見えなかった「受け取り側の様々な解釈の仕方」を知る良いツールではないかとおもうのです。
#私は安易に情報を捨てるのは勿体無いと思います。
仮に結論が虚構であれ、それが一つの真実から流れ出たものであるなら、それも一つの解釈の仕方なのですから。捨てるのではなく「受け入れる」事で見えてくるものもあるのではないでしょうか。
>ねこまっしぐらさん
毎度のコメントありがとうございます。(^^)
なるほど、ねこまっしぐらさんはそのようにお考えなんですね。
僕は、例えて言うなら、定期的にデスクの上を整理するイメージです。
あ、いえ、普段から整理されている方には、理解しづらい説明かも。(汗
僕のデスクは、会議が終わる毎に紙が山積みされていきます。もちろん、プライオリティをつけてファイリングはするのですが。
それでも、紙が一杯になっていきます。その中でも、もう一度読みたいものと、二度と読まないものが存在します。
情報も同じく、再利用不可のものがある、と考えています。再利用したり、加工したりすることでバリューのある情報と、例えば今晩の天気予報のように、今時点しか活用できない情報もあるのではないかな、と思っています。(あまり、具体例をだすのはいまいちなので・・)