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「ソーシャルメディアで信用調査を」の是非

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仕事で初対面の相手がFacebookアカウントを持っていたので、会う前にプロフィールや近況アップデートを読んでどんな人かを確認した――最近ではこんな行動、珍しくないのではないでしょうか。また就職/転職活動において、企業側が応募者のソーシャルメディア情報をチェックしていた、などという話もたびたび登場するようになっています。このようにソーシャルメディアは「相手が信用できる人物かどうか」を確認するツールになりつつあるわけですが、それを企業が組織的に行うことが許されるのか?というテーマをめぐって、ドイツで騒動が起きています。

発端となったのは、ドイツの公共放送NDR(北ドイツ放送)の報道です。ドイツ最大手の信用調査機関シューファ(Schufa)がポツダム大学のHPI(Hasso Plattner Institute、SAP創業者の一人であるハッソ・プラットナー氏の寄付により設置されたIT技術者教育機関)と提携し、今年4月に"SCHUFALab@HPI"というプロジェクトを発足させていたことが明らかにされたのですが、その内容が「ソーシャルメディアから情報を取得して活用する」というものであったために世論が反発。政府関係者からも批判が相次ぎ、例えばイルゼ・アイグナー(Ilse Aigner)消費者保護相はミュンヘンの地元紙に対して「シューファは経済のビッグブラザーではないはずだ」とコメントしています。

そもそもこのシューファという企業ですが、公式サイトで公表されている情報によれば、約6,600万人にもおよぶ個人の信用情報を把握。ドイツの人口が約8,200万人であることを考えれば、いかに大きなデータであるか分かるでしょう。またその信用情報はカードやローンの審査に使われるだけでなく、住宅を借りる際や、携帯電話を契約する際にも使われるとのこと。顧客企業は約7,000社に達しているとのことですから、彼らがどのような情報を持ち、判断を下すかによって個人にも大きな影響が出る可能性があります。

しかも今回のプロジェクトがデータ取得先として挙げているのは、FacebookやTwitter、LinkedInといった大手SNSサイト、ハンブルクに拠点を置くビジネスSNSの"Xing"、さらにGoogleストリートビューなどと広範囲に渡っています。Facebookだけでドイツ国内に2,000万人の会員がいるとのことですから、シューファが手にしようとしている情報は決して小さくありません。

シューファとHPIは"SCHUFALab@HPI"の存在を認めた上で、ドイツの関連法規に則って進める予定であること、取得するのはパブリックに公開されている情報だけであること、今回は可能性調査の段階であってシューファの業務に直接影響を与えないこと、研究結果を公のものにする予定であることなどを挙げ、プロジェクトに問題がないことをアピールしています。しかし4月に発足していながら報道という形で世間に知られるようになったという構図では、市民の納得を得ることは難しいでしょう。特にシューファの事業内容を考えれば、単に可能性調査のためにソーシャルメディアに関心を示すとはとても思えません。

そもそもドイツは歴史的背景もあり、プライバシーに対して人一倍関心が高いと言われる国で、1970年代から個人情報保護に関する法整備が行われています。そのような国であったもこうした騒動が持ち上がるということは、逆にソーシャルメディア上の情報が、企業にとっていかに魅力的であるかを物語るものと言えるでしょう。実際に金融関連の企業や組織が似たような研究を行っている、という話は他にも出始めています。

インターネットはパブリックな空間であり、企業に利用されるのが嫌ならソーシャルメディアを使わなければ良い、という意見もあるでしょう。しかし街中で勝手に他人の写真を撮るのが許されない行動であることを考えれば、「パブリックな空間であればどんな形で個人情報を記録・利用しても許される」というのも極端な意見です。さらに最近のソーシャルメディアを普及を思えば、気乗りしなくてもソーシャルメディアを使わざるを得ないという状況も考えられるでしょう。「ソーシャルメディアを使っていない」という状況自体がネガティブに捉えられ、何らかの審査に影響するというケースも十分考えられます。

また面白いのは、今回のプロジェクトで取得・分析する情報の1つに「住所変更」が挙げられているという点。これが何に影響するのかは明確にされていませんが、例えば転居の多い人は、何かあった際に連絡が取りづらくなる可能性があるという意味で金融機関にとってはマイナスかもしれません。しかし単に転勤族で、それだけに大企業で真面目に働いていることを意味する可能性もあります。いずれにせよ「転居」という些細な情報が信用調査に大きく影響するのであれば、それがどう評価されているのかを知る、誤った評価がなされているのであれば訂正をする、といった機会が欲しいところでしょう。それが十分なされなければ、逆に疑心暗鬼から「評価システムを出し抜こう」という欲求が生まれ、ソーシャルメディアという場所自体が歪んだものになってしまうかもしれません。まるで観測と言う行為自体が、観測対象に影響を与えてしまうという物理学のような状況ですが……。

いずれにせよ、ある情報が物理的に入手可能かどうかという問題と、その入手が倫理的に許されるのか・入手することで価値が失われてしまうことはないのかといった問題は別の話です。目の前に見えている「宝の山」が本当に自分たちに価値をもたらすものなのか、企業には冷静な目で判断することが求められているのではないでしょうか。

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