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食品でなく、食糧について考える

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将来発生する危機に対して煽りたてる番組や本が増えていることは事実ですが、冷静に現状を分析して想定される危機を明確にし、その中で対応を提言できるものは少ないと思います。その結果、問題の本質を理解させずにステレオタイプな反応を意図的に煽っていると感じる情報も多く見られます。

目の前で既に発生している食品関係の問題は、それなりに各所が冷静な対応を訴えていますし、原因を解明することできちんとした対応を行っていくことが可能だと思います。これは目に見える危機であるため、煽ることよりも事実と対応の重要性が認識されていて、それなりに自制に効いた情報流通がなされている状態だと思います。

その一方で、明確に意識されない(体験されない)危機に関しては、事実そのものよりも恐怖心を煽ることや、問題を過大に伝えることで、危機意識を増幅させることが多いため、その結果として、かえって適切な対応や行動に人々を導くことが不可能になります。また、危機の中でも、捉え方の優先順位に関しても恣意的な部分が大きいため、必要な情報がいきわたらない状態も発生し、ミスリードが行われることも頻発します。

最近では、以前からであれば自然破壊、最近では地球温暖化の問題、そして資源の問題が大きく取り上げられますが、その一方で食糧に関してはあまり事実・現実が伝えられていないと思います。そんな中で「食糧争奪」という本では、食糧に関して日本が如何に危ない状況に向かっているか、豊富なデータや事例で克明に説明しています。

日常生活では、飽食の状態で、あまる、残す、捨てるの繰り返しですが、世界的に見た場合に、日本が現在の状況を維持できることは少ないようです。経済や購買力の問題でなく、食糧を中心としてみた場合の、世界的な流通・生産・消費の構造が大きい転機を迎えつつあるようです。

自分の子供たちの時代を考えると、地球温暖化や自然保護だけでなく、本当にいつまで今のような(消費)生活ができるのか、また今の生活が正しいのかを含め、じっくり考えてみるよいきっかけになりました。

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