オルタナティブ・ブログ > 野石龍平の人事/ITコンサル徒然日記 >

人事領域(上流/elearing/ERP)コンサルでの人材開発/人事の一歩先の動向を考えます!

「ペットは家族」と就業規則に書いた会社----年3日のペット忌引休暇制度が映し出す、組織の価値観

»

小さな、しかし興味深いニュースを見つけた。

ドイツの製薬大手ベーリンガーインゲルハイムの日本法人3社が、有給の忌引休暇の対象を、自宅で飼育する犬・猫にまで拡大したという(労働新聞報道)。同一年度内で最大3回、各1日取得可能。正社員と契約社員が対象で、単身赴任中の社員にも適用される。

年3回、各1日。制度としての規模は決して大きくない。しかし、この小さな制度には、人事制度というものの本質----組織が何を「家族」と認め、何を「喪失」として尊重するのか----が凝縮されていると感じた。本稿では、この事例を手がかりに、忌引休暇という制度の意味を掘り下げてみたい。

参考:労働新聞社「ペットの犬猫も忌引休暇対象に 製薬大手」

---

■ 忌引休暇の「境界線」はどこにあるのか

まず、日本における忌引休暇の一般的な設計を確認しておきたい。

多くの企業の就業規則では、忌引休暇の対象は「三親等以内の親族」と定められている。父母、配偶者、祖父母、曾祖父母、兄弟姉妹、子ども、孫、ひ孫、甥・姪、おじ・おば----血縁または婚姻関係に基づいて、対象範囲が明確に線引きされている。

この境界線は、法律上の家族の定義とほぼ一致する。つまり忌引休暇とは、単なる福利厚生の一項目ではなく、「法的な家族関係」を会社が追認し、その喪失に対して休暇という形で応答する制度なのである。

だからこそ、ペットはこの制度の対象外とされてきた。日本の労働慣習において、ペットは法的に「家族」として扱われないというのが、これまでの一般的な理解だった。

ベーリンガーインゲルハイムの今回の取り組みは、この境界線に、明確に一石を投じるものだ。法的な家族の定義を離れ、「従業員が家族だと感じているものを、会社も家族として扱う」という、価値観に基づく再定義を行っている。

---

■ ペットロスは、軽い問題ではない

ここで、この制度がなぜ必要とされるのか、データで確認しておきたい。

アイペット損害保険が実施した調査(犬・猫を亡くした経験を持つ会社勤めの飼育者1,000名対象)によれば、ペットを亡くしたことが理由で仕事を休む人はわずか11.6%。6割以上が「休まなかった」と回答している。

しかし同社の別調査では、ペット飼育者の約6割がペットロス----愛するペットを失ったことによる悲しみや喪失感、それに伴う心身の不調----を経験しているという結果も出ている。つまり、多くの人が深い喪失を経験しながら、そのほとんどが仕事を休まずに乗り切っているということだ。

その代償は小さくない。同調査では、ペットロスにより仕事のパフォーマンスが一時的に下がったと感じる飼育者は68.5%。約7割に影響が出ている。仕事に集中できなかった期間は「数週間」が最多(25.7%)だが、「1か月以上」に及んだ人も合計で約3割にのぼる。

参考:第一アイペット損害保険「ペットロスが仕事に与える影響調査」

これは、まさにプレゼンティーズム----出勤はしているが、心身の状態によってパフォーマンスが低下している状態----の一形態である。以前、シニア人材の健康寿命に関する記事で、企業が負担する健康関連総コストの77.9%をプレゼンティーズムが占めるという厚生労働省の調査データを紹介した。ペットロスもまた、この見えにくいコストの一因になっている可能性がある。

しかも、休まなかった人の多くは、その理由を職場に伝えていない。同社の別調査では、休暇を取得した人のうち約半数が理由を「伝えなかった」と回答し、その理由として最も多かったのが「共感してもらえないと思ったため」(半数以上)だった。「休暇取得に嫌な顔をされると思った」(23.7%)、「言葉にするのも辛かったから」(13.6%)という声も続く。

つまり、多くの働く人が、深い喪失を経験しながら、それを職場では見えないものとして処理してきたのである。

---

■ 「制度」より「風土」が求められている

さらに興味深いのが、職場でペットを亡くした人への理解促進や支援として何が必要だと思うか、という設問への回答である。

最多は「社内での『ペットは家族』という価値観への理解」(35.7%)。次いで「柔軟に対応できる働き方の許容」(31.8%)、「社内のペットロスへの理解」(30.1%)、そして「ペットを亡くした際に休暇を取得できる制度」(29.6%)と続く。

この順位が示唆的だ。制度そのものよりも、「価値観への理解」「柔軟な働き方」「風土としての理解」が、より上位に来ている。

ペット休暇の必要性についても、「あった方が良いとは思うが、現実的には難しい」が51.4%で過半数を占め、「必要だと思う」(28.7%)と合わせて約8割が必要性を感じている。しかし、その多くが「現実的な運用には難しさを感じている」という結果も出ている。

つまり、多くの働く人が「休暇制度があれば」と思いながらも、それが実現困難だと感じている。だからこそ、実際に制度化した企業のニュースには意味がある。制度そのものが、個人の中で「言ってもいいのだ」という許可を作り出す働きを持つからだ。

---

■ 「小さな制度」が発するメッセージの大きさ

ベーリンガーインゲルハイムの取り組みに戻りたい。記事によれば、この制度の狙いは、これまでも年次有給休暇を使ってペットの喪に服していた社員がいたことを踏まえ、それを忌引休暇に含めることで「社員のエンゲージメント向上などにつなげる」ことにあるという。

ここで重要なのは、この制度が解決している問題の性質である。これは「休暇日数が足りない」という量的な問題ではない。有給休暇を使えば、実務上は同じように休むことができる。変わるのは、「その休みが、会社にどう扱われるか」という意味づけの部分だ。

有給休暇として処理される限り、それは「個人的な事情による休み」であり、伝えるかどうかも本人の裁量に委ねられ、伝えれば「共感してもらえないかもしれない」というリスクを引き受けることになる。一方、忌引休暇という制度に組み込まれれば、それは会社が公式に認めた「喪失」になる。伝える必要すらなく、当然のこととして扱われる。

この差は、制度の日数以上に大きい。年3日という小さな制度に、「私たちは、あなたの喪失を軽んじない」というメッセージが凝縮されている。

コストのほとんどかからない小さな制度に、会社の価値観を象徴的に表現する。これは、大規模な人事改革よりも、社員の実感として強く届くことがある。「この会社は、こういう機微を分かってくれる」という感覚の積み重ねが、エンゲージメントの土台を作る。

以前、若年層の仕事と育児の両立に関する調査を取り上げた際、「業務量の適正化」や「上司・管理職の理解促進」が、実際に両立できている要因の上位に来るというデータを紹介した。育休制度そのものより、日々の理解と柔軟性が定着を左右する、という話だった。ペットの忌引休暇にも、同じ構造がある。制度の大きさよりも、「会社が自分の状況を理解しようとしているか」という感覚が、社員の受け止め方を左右するのである。

---

■ 「多様な喪失」への対応という、より大きな文脈

この動きを、より大きな文脈に置いて考えてみたい。

忌引休暇の対象範囲をめぐる議論は、実はペットに限った話ではない。近年、事実婚のパートナー、同性パートナー、里子や継子など、法律上の血縁・婚姻関係にはない、しかし本人にとって家族である存在をどう扱うかという議論が、人事制度の世界で広がってきた。

ペットの忌引休暇は、この流れの延長線上にある。「法律が定めた家族」から「本人が家族だと感じているもの」へと、制度の設計思想が少しずつ移行している。これは、多様な生き方・関係性のあり方を組織がどこまで尊重できるかという、より大きな人事の課題の一部だと言える。

そして、ここには興味深い逆説がある。ペットという「誰にとっても分かりやすい」存在への対応が広がることで、これまで説明しにくかった多様な家族のかたち----事実婚、同性パートナー、選択的な家族関係----への理解も、間接的に進んでいく可能性がある。「あなたにとっての家族を、会社は尊重します」という原則そのものが、制度の背後で共有されていくからだ。

---

■ おわりに----制度は、価値観の翻訳である

人事制度は、しばしば技術的な文書として扱われる。就業規則、賃金規程、休暇制度。数字と規定の集合体に見える。

しかし実際には、すべての人事制度は、組織の価値観を具体的な運用ルールへと翻訳したものである。何を評価するか、何を成果と呼ぶか、そして何を家族と認め、何を喪失として尊重するか。制度の条文の一つひとつに、その組織が「人をどう見ているか」が刻まれている。

年3日、各1日というペットの忌引休暇は、ニュースとしては小さな話題かもしれない。しかし、その小ささゆえに、人事制度というものの本質----数字ではなく、価値観の翻訳であるということ----を、鮮やかに映し出しているように思う。

あなたの会社の就業規則は、何を家族と認めているだろうか。そして、その線引きは、誰の価値観を反映したものだろうか。

小さな制度を眺めることは、ときに、組織の姿を映す鏡になる。

参考リンク
労働新聞社「ペットの犬猫も忌引休暇対象に 製薬大手」
第一アイペット損害保険「ペットロスが仕事に与える影響調査」
第一アイペット損害保険「ペットを理由とした休暇の取得状況に関する調査」

Comment(0)