外見からはわからない障がいや苦労や苦悩
以前も書いたことですが、私、何度か「奇病」に襲われており、克服したものもあれば、いまだ後遺症を抱えているものもあります。
たとえば、2005年に「中心性網膜症」という目の病気を患ったときは、全治4か月。
ある日突然、右目の映像がおかしくなり、見るものすべてがゆがんでしまうというもの。
これ、外見からは全くわからないものです。自分の見ている世界がゆがんでいるだけで、いくら説明しても、誰にも理解してもらえませんでした。
突然近づいてこられると、その人の顔がぐにゅっとゆがむ。
目の前にある書類は、全部グニャグニャしている。
右目で見える世界に「直線」はないのでした。
4か月経過し、ようやく癒えたのですが、外見からわからない障がい、苦悩というのがあるのだなあ、と知るに十分な経験でした。
次に2008年のこと。 口腔内に腫瘍ができ、手術を受けました。長さ3㎝、深さ1㎝未満のかなり広範囲にわたってできた腫瘍をレーザメスで切除するもの。口腔内は、縫わない!と言われ、自然治癒まで、傷開きっぱなし。
これが、また外見からはちーっともわからない。もちろん、おたふくみたいに腫れてはいるのですが、口の中に大きな傷があって、少しでもしゃべろうものなら激痛が走ることなど誰にもわからない。 自分が話す振動、空気が揺れることで激痛、激痛。
これも1か月ほどで肉が盛り上がり、傷がふさがってしゃべるのも食べるのもできるようになりました。しかし、手術の際に傷つけた神経は5年経っても再生せず、いまだに唇の一部はしびれと麻痺が残っています。
その口腔内の腫瘍除去手術から1週間ほど経過したとき、自宅で大転倒しまして(素面で!)、右太ももの裏側に見たことのないおおあざができました。太もも全体に渡るような大きなけがです。歩けない、座れない・・・。これまた、他者からはちーっともわからないのです。
これも全治数週間だったかと思います。
この年は特にきつかった。
この腫瘍除去と転倒によるけがで口も脚も・・・と満身創痍な状態になったのが3月末。
4月からは仕事柄新人研修やOJT研修が怒涛のごとくスタートし、辛い日々を過ごしました。
一番しんどかったのは、しゃべれないのを無理してマイクで、あまり顔を動かさずに話すようにしていたら、「講師は無表情だった」などとアンケートで指摘されたことでした。
事情は説明してあったけれど、「無表情だった」と書いてあったのを見たときには、悲しくなったことを覚えています。
さて、何が言いたいか、と言いますと。
包帯をしている、とか、顔色が悪い、とか、眼帯やマスクをしている、とか、見た目に不調がわかる場合だけじゃないんですよね、人の体調不良は。
私は、上記3つの出来事で、「内部障がい」という言葉があることも知りましたし、「内部障がい」のマークが作られていることも知りました。
具合悪そうに見えなくても、辛い人はきっと大勢いるんだろうなあーと思うようになりました。
とはいえ、今は、口の後遺症以外、どれも癒えているので、やはり、他者への配慮はつい忘れてしまうのですよね。
見えないところに不調を抱えている人。
見えないところの不調で苦悩している人。
いっぱいいるんだと思う。
そのことをたまに思い出すようにするだけでも、他者に対する配慮ができるかな、なんて思っています。
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<病名その他プチ情報>
●2005年に患った「中心性網膜症」は、略称で、正式名称は、すごーく長いんです。
中心性漿液性網脈絡膜症。「30代から50代の働き盛りの”男性”に多い」と書かれている場合が多い・・・。眼の中に穴が開いて水漏れしているため映像が結べない・・・。その穴をふさぐためにレーザー照射する治療法もあるのですが、それによって「黒点」が残ってしまう・・・これはこれで気分が悪いので、漢方で、と気長な治療をいたしました。
●2008年の口腔内の腫瘍は、良性。「粘液のう胞」というものです。
「小学生くらいの子供に多い」と書かれています。たいてい5㎜程度らしく、レーザーメスでちょこっと切り取る感じらしいですが、私のは増殖?していて3cmの長さがあったので、30分の大手術になりました。(切除したものを見ましたが、芋虫みたいな形してました。)