奥さんの支えがなければ、世界のアン・リー監督が誕生できないわけ
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日本時間2月25日、ロサンゼルスのドルビーシアターで行われた第85回アカデミー授賞式に、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』で監督賞を見事受賞したのは、台湾出身のアン・リー映画監督でした。
受賞スピーチで受賞スピーチでリー監督は「映画の神様、ありがとう」と感謝。さらに今夏に結婚30周年を迎える妻の林恵嘉さんに「愛してます」とメッセージを送りました。
1978年、アン・リーさんは台湾から離れてアメリカに留学、学生パーティで林恵嘉さんに出会い、5年間の恋愛を経てめでたくゴールインしました。
孔子の論語では「30にして立つ」と語ったように、中国では「男は30歳をすぎたら、必ず安定した仕事に就いて家族を養わないといけない」という伝統がありました。
しかし、30歳をすぎたアン・リーさんが映画の勉強に夢中、仕事に就かなくて一家の生活はすべて夫人の林恵嘉さんが稼いだ金で養ってくれました。
そのときのアン・リーさんは毎日家でたくさんの映画を鑑賞したり脚本を創作したりして、家事も買い物も子供の世話まで担当しました。まさに家庭主夫でした。このような生活は6年も続きました。
当時、アメリカに住んでいると言っても、中国人社会では家庭主夫という生活スタイルが珍しくて、多くの人達がなかなか理解できませんでした。アン・リーさんも妻に申し訳なく思いで、こっそりパソコンの勉強を始め、よい給料をもらえる仕事を探そうとしていたが、すぐ奥さんに気づかれました。林恵嘉さんは「世の中パソコンを勉強する人がたくさんいるから、あなたが映画だけに専念してパソコンをやらなくていいの」と本気で怒りました。
6年の歳月をかけて、林恵嘉さんは夫に映画創作の環境を作ってあげたと共に、名監督アン・リーさんを育てあげたと言っても過言ではありません。アン・リーさんはあるインタビューを受けたとき、こう語りました。「僕にとって家内の最大な支えは彼女の自立です。僕が自由に創作できるように充分な時間と空間をくれました。彼女に出会わなければ、僕はたぶん映画監督の道に歩むことができないでしょう。」
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