通信屋から見たスカイプ
通信業界を歩いていると、スカイプについてよく訊かれる。また、色々な雑誌やメーリングリストで、スカイプを絶賛する意見によく出会う。私の周りにも、スカイプの愛用者がたくさんいる。
しかし、スカイプを「どう評価するか?」はむずかしい。通信業界を知っているほど、スカイプはいろいろな事を考えさせてくれるからだ。
とはいえ、ここではスカイプの欠点から考察してみよう。スカイプにとって最大の欠点は、電話制度に合致していない事だろう。これは、いまVoIP電話が米国で直面している課題と比較すればよく分かる。その課題とは、緊急電話と公益料金負担だ。
◇緊急電話の重責
警察や消防などへの緊急通報は、電話にとってなくてはならない機能だ。もし、警察に掛けたとき、ネットワークが混雑していてつながりにくかったり、違うところにつながったりしたら、ユーザーの生死に関わる大問題となる。実際、テキサス州の検察局は、ボネージというVoIPベンチャー最大手を緊急電話の不備で訴えている。これは、泥棒に銃で撃たれた親を助けようと、娘がボネージで緊急電話をしたが、通報が遅れて助けられなかった事件がおこったからだ。ボネージのようなVoIPベンチャーは、緊急電話をいったん電話センターで受け、そこからユーザーに近い警察や消防に連絡する仕組みになっている。ところが、仲介する電話センターが適切な通報ができなかったために、同事件は発生した。
これは既存電話会社にも、大きな影響を与えた。VoIPベンチャーが、こうしたややこしい仕組みを使うのも、既存の電話会社が緊急通報用の回線を開放しないからだ。同事件を契機に、最大手のベライゾンは緊急電話の解放を積極的に行うようになった。
とはいえ、VoIPベンチャーは、緊急通報をスムーズに処理できるようにするため、多額のコストを負担することになった。また、犯罪捜査において電話の盗聴は重要な手段だが、これに対応するのも大きなコストを生む。VoIP電話は、そもそも料金が安いので、コストの増加でビジネスのうま味は益々なくなってしまった。
◇公共利益の負担
もう一つの課題は、公益サービスの負担だ。米国の電話料金は、通話料だけでなく、ユニバーサル・サービスや緊急電話の負担金などが含まれている。ユニバーサル・サービスは、僻地や低所得地域などの電話会社に出す助成金だ。おかげで小さな島や山村でも電話が利用できる。また、前述の緊急電話センターなどの運営負担金も、電話料金に含まれている。
こうした公共利益の負担を電話料金に含める制度は、日本も含め多くの国で採用されている。既存の電話がこうした負担を背負っている一方、VoIP(米国)は現在、こうした公共利益の負担を行っていない。しかし、VoIP電話にこうした負担を義務づける動きは、日増しに強くなっている。
◇ スカイプが電話会社をつぶす?
「スカイプは電話会社をつぶす革新的なサービス」と言った話を時々聞く。これは、スカイプが高音質な音声通話をただで提供するため「もう、普通の電話はいらない」だから「電話会社はつぶれてしまう」と言う趣旨だろう。
しかしもし、スカイプが既存の固定電話や携帯電話と同じような公共サービスになろうとすれば、当然、緊急電話や公益費用などを負担しなければならなくなる。それなれば、スカイプは無料電話としてのメリットがなくなることになる。
インターネットとPCを使った音声サービスは、10年も昔からある。スカイプで、確かに音質は良くなったが、このPCベースの通話サービスが、既存の電話事業を脅かしたことは“いちども”ない。実は、この10年で電話サービス自身が変質し、携帯による多機能パーソナル・サービスへと電話業界は進んでいる。スカイプなどが手を貸さなくても、加入者電話はいずれデータサービス、たぶん携帯データに吸収されてしまう運命にある。
では、スカイプの将来は、どうなるのだろうか。ぼくは、スカイプのようなPCベースの音声サービスは「電話」と言う枠にはめない方がよいと思っている。それよりも音声チャットなどに利用する方が良いのではないだろうか。現在のチャットはテキストが中心だが、技術的にはクリック一つで音声チャットをサービスできる環境は整っている。あとは、便利で安い通話端末の出現を待つばかりだ。たとえば、耳掛け型のヘッドセットをブルーテュースでPCにつなぐような商品ができれば、もっと便利になるだろう。(2005/6/26 in Belmont)