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もしも洞察力があったなら……。

Facebookの価値は、33年の時をも越えて繋がりあえる、ネットワークという名の財産そのもの。

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今日は仕事抜きの視点で。

世間では、10億人が利用するFacebookを宝の山として、「SNSの戦略的ビジネス活用」「Facebook攻略法」等のハウツーがもてはやされていますね。どうやらFacebookには人がいる。情報がリアルタイムで流れている。ビッグデータだ。だから、これを利活用する意味があるのだ、と。これはこれでとっても価値のある議論だと思います。

・・・というカタイ話は置いといて、

昨日は、純粋に1ユーザとしてFacebookの真の価値、きっと、ザッカバーグ氏が学生時代に発想したであろう根本的なこの価値について改めて体感し、そして、このFacebookがあることに本当に感謝した1日でした。

少し、背景をご説明しましょう。

別に珍しくもないですが、

私は小学校を6校通いました。

1)千葉県野田市の南部小学校・・・自転車通学が許されていませんでしたので、徒歩で毎日40分くらい歩いて通っていました

そして、父仕事の都合で渡米。

2)サンフランシスコの隣町、デイリーシティにあった、オリンピアエレメンタリースクール。
ほどなく、この小学校は、Proposition13という制度のため、統廃合の波にのまれ、廃校になりました。

3)そして、Westlake Schoolに、皆さんが映画などでよく見る黄色のスクールバスで通学。

4)帰国する直前に、同市内で引っ越しをしたため、また転校。Daniel Webster校へ。

そして帰国。
5)再び千葉県野田市へ。しかし、かつての遠かった小学校ではなく、近所に新しくできた山崎小学校へ。

6)在米中は、毎週土曜日、サンフランシスコの補習校に行っていたので、これで六つ。(校舎が変わったりしたので、施設的には7つ。)

そして、当時のクラスメイトとはすっかり疎遠になってしまいました。

インターネットも、しばらくの間なかったですから。

あれから、33年。

いろいろあって、もう会えないかもしれないな、という友人もいます。いや、これだけ年月が経っていると、果たして、今なお友達と呼んでいいかどうかすら、よくわかりません。

しかし、Facebookは、私たちを再会させてくれました。

発起人となってくれたのは、6つの小学校のうち、3つをともに通った、親友Sです。私の最も尊敬する友人の一人です。ひどいいい方をすると、小学生当時、英語だけは私の方が少しできました(本人が読んでいないことを祈る)が、他のことに関しては、スポーツも算数も、抜群にできていたのが彼でした。当時は時間があるとNerf(今はトイガンばかり作っていますが、私がいたころはフットボールなどの子供向けボールのメーカーでした。)のボールでアメリカンフットボールをやっていて・・・

・・・長くなるのでやめましょう。

そして、Facebookであるとき私と彼は邂逅。次々と、当時の同級生が繋がっていく。。。

今回の再会の準備に当たり、S君は、Facebookで見当たらない人については、直接実家に電話して消息を尋ね、再びFacebookで探すなど、かなり熱心に動き回ってくれました。

そして、再び出会ったのです。

20121117_1032

こんな素敵な再会をサポートしてくれるFacebookは偉大です。

もちろん、SNSの実名主義には議論がありますが、実名だからこそ、ネットワークという財産を再び掘り起こすことができるのだと思っています。

・・・しかし、このことをお話したら、あっさり「それは玉川がサンジオ(おじさんのイタリア風呼称)だからだよ」と一蹴されてしまいました。

なにかって、デジタルネイティブ世代は、もともと携帯電話とか、他のSNS等で繋がりあっているので、今さらネットワークを再深耕するということはないそうです。

そうか、ぼくら、サンジオだからね。

と、少ししんみりしてしまいましたが、ご覧のように写真で見る限り、全員、贔屓目に見て、43歳とは思えない若々しさ。

終電を逃すまで、昔話に花を咲かせていたのでした。

週末ネタでした。

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