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夏目房之介の「で?」

学習院大学夏目ゼミ 松葉涼子講義「江戸出版活動の終焉と初期赤本漫画出版」概要 更新版

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11月27日学習院夏目ゼミにて、英国セインズベリー日本藝術研究所の松葉涼子さんに発表していただいた概要を、夏目がメモしたものを松葉さんに修正いただいて、研究者などとの共有のためにアップいたします。

20191127 学習院大学 夏目ゼミ演習 松葉涼子(セインズベリー日本藝術研究所)

特別講義「江戸出版活動の終焉と初期赤本漫画出版」

日本漫画展示のため、大英博物館の17~19世紀日本美術コレクションと日本漫画をどんな文脈でつなげればいいかという課題。

  • 江戸期の「漫画」という言葉

山東京伝『四時交加』1798 〈漫画スル〉(読み)=挿画 動詞としての「漫画」 

1814年刊『北斎漫画』 名古屋滞在中に多くの素描(スケッチ)を描いて残す。
墨遷など名古屋の弟子がスケッチを校正して名古屋の版元永楽屋から出されたもの。

「北斎漫画」は北斎の自身が名付けている。 北斎にとっての「漫画」は意図的に描くのではなく思いつくままという京伝の意味するところと同じである。

『北斎漫画』はもともと一巻で完本だったものを、江戸の版元が参入して1819年までに10巻まで出された。

『北斎漫画』が売れたことで、絵手本としての「~~漫画」の頻出 

一方で、絵手本以外に一枚摺シリーズのタイトルにも「漫画」が使われている。『豊国漫画図会』185960年、『芳年漫画』など。
一枚摺では関連のない画題を集めてシリーズとしている。

関連のない画題を集めてシリーズ化する場合に「漫画」は便利な形式であった。⇒思いつくままというところの意味と関連がある。思いつくままにまかせて描いた関連のない画題を集めたもの。

行為としての「漫画」から便利な名詞としての「漫画」へ 
近世の出版はいつ終わるのか?

  • 子供の木版絵本 「草双紙」

 17世紀後半、5~6歳で亡くなった長男のために地蔵尊胎内に入れられた絵本 子供の供養=「子供用の絵本」としての認識が既にあった

 恋川春町1744~89 『金々先生栄華夢』1755 読者層の変化
遊郭でのやりとりを下敷きにした洒落本の内容を黄表紙に持ち込む。
 「子供向け」判型のまま大人向けの「遊び」に 赤、青、黄→「黄表紙」と呼ばれる →

19世紀後半「合巻」 子供絵本の最終形態

1860~90年代 江戸出版機構解体期(参考:前田愛 近世出版機構の解体(上)(下) 1963年) 
新聞の登場 即時性、連載小説の流行によるテキストの量変化  

仮名垣魯文 1878年 合巻『鳥追阿松海上新話』
新聞小説の絵本化→活字版新聞連載小説の出版スピードには負ける。 

『巷説児手帖』1879 →テキストだけを活版化 

絵のみを、木版で挿入する形にしている。

活版+木版にハイブリッドよる原版=行程二重でコスト高 
文字・絵の入れ込み具合の面白さ、ダイナミックさ喪失 

戯作者は小説へ(仮名垣、二代目柳亭種彦) 木版の字刷りの困難さ→活版化 文章量の制限
合巻の終焉=近世絵入草双紙の終焉 ~1880年

  • 銅版子供絵本出版の出版

 1892年の絵草紙屋写真(大英博)
活版による実録本出版の実態
版本の大小について 1880~90年代の江戸から明治への移行時期

 明治17~急速に増える銅版画小本 

『岩見英勇記』を事例として明治17年から20年代における銅版子供絵本の様相

絵師=彫師ヵ(磯部敦氏指摘) 

綱島亀吉 『岩見武勇鑑』1887サイズを縮め同一版元から木版で出版されていた「岩見重太郎」のテキストを写している。) 
絵は描き下ろしているが、テキストを写しているために絵と内容とに齟齬がある。

版元 牧金之助 実録本『実説岩見武勇伝』1885木版→1887銅版小本実録本のテキストをそのまま使っている事例もある。

活字体になる。

 

銅版子供絵本の版元は同時期にすごろくなどおもちゃ絵の出版も行っている。

すごろくなどは複数の絵師が分担して絵を担当するなどしていた。後のポンチ絵本もそのようにして分担して挿絵を描いていた可能性があるヵ。

1890年頃 読者の、長いテキスト、物語へのニーズがあったのでは

銅板子供絵本の終焉→実録本出版に負けていったのか。

※「赤本」には大きく17世紀後半草双紙、絵本実録、戦前戦後赤本の3種がある

4、「ポンチ絵本」 一枚刷りポンチ絵との内容の違い

銅版小本からポンチ絵本へ 1900年代 牧金之助 テキストがほぼない 『妙々水族ポンチ』1901 1シーンごと独立 絵を主体にした子供向け絵本へ

 『清親ポンチ』1881 1シーン単位 版元同一 江戸的なものを維持 
ポンチ絵本⇒「絵本」であること 判型の縮小(八つ切り版) 
堤吉兵衛 『教育新画帖 乃木大将』1916 多色刷り 儒教倫理

⇒堤吉兵衛は銅板子供絵本を出版していた。 
→ 1910年代 榎本書店(戦後赤本マンガの出版社)1917 大阪 が同様の小型教育絵本を出版している。
→赤本漫画へ? 

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