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夏目房之介の「で?」

「スピリッツ」のコラムで『IT RHYMES WITH LUST』紹介

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 「ビッグコミック スピリッツ」(21014.1.6/8 No.2.3)のコラム欄「in high spirits」に、漫棚通信さんが、1954年刊の青年向けアメリカン・コミックス『It Rhymes with Lust』(漫棚さんの訳は「欲望(ラスト)と韻を踏んで」)について書かれています。

 強大な権力者に支配される町に乗り込んだ新聞編集長が、今や権力者の地盤を告ぐ元カノの悪女ラストに呼ばれ、その色香に迷って犯罪にも巻き込まれつつ、ラストの義理の娘との恋で正義の側に戻り、最後は悪を破滅させる物語。当然、色っぽい場面もあり、全体はあきらかに当時米国で流行っていただろう犯罪映画、その背景にあっただろうパルプマガジンの犯罪小説を背景にしたお話と展開で、似た設定はおそらく映画にも小説にもあった。
 漫棚さんのコラムのタイトルは「劇画の誕生より十年早く描かれたアメリカ製「劇画」です」とある。僕も、じつはこの作品(苦労して英訳して)読んでいます(地方都市のおっさんのスラングが「音」として英語になっていて、これが厄介)。そして同じ感想をもちました。発刊当時「グラフィック・ピクチャー」と銘打たれたこの先駆的作品は、その頃は売れず、2007年に復刻されて評判になったんだとか。僕は、ライアン・ホームバーグ氏からプレゼントされ、英会話の練習に先生と一緒に読んでもらったのでした。あきらかに青年向けのコミックスを狙って出されたと思われる本作は、もし成功していれば、たしかに日本の「劇画」運動に先立ち、むしろその先導のひとつとなったかもしれない。
 「劇画」も、辰巳ヨシヒロ氏とその兄・桜井昌一は、ハードボイルド・ミステリーの影響を受けており、また陰のコントラストの強い米犯罪映画の影響を受けたフィルム・ノワールの影響も受けているはずなので、そこには米国発信の世界を巡る影響関係があったことになります。第二次大戦後の世界にあった、ある種の戦後文化的共通性を感じさせる事象で、日本のマンガ青年化を考えるときにも、頭に置いておくべきことだと思います。日本の枠内だけで戦後マンガ史を考えるのではなく、こうした視点も繰り入れていきたいものです。さすが、漫棚さんの眼のつけどころは、鋭い。
 本作は、講義などでは学生に見せて話してますが、以前このブログでも触れました

 ちなみに、そこでは1949年刊としてました。多分、復刻版の解説を読んだかで、そう書いてるはずですが、漫棚さんのほうが正確なのかな。今手元にないので、試みにウィキで見ると、あれれ1950年刊とある。どうなんだろう?

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