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夏目房之介の「で?」

小林二郎さんが亡くなった

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120628-00001584-yom-peo
http://www.shinbunka.co.jp/news2012/06/120626-03.htm

小林さんとは、以前「大家さん」と「店子」の関係だった。紹介されて部屋を格安で貸していただいていた。別居したときのことで、金がなかったのだ。前橋の書店などをやられていて、じつは書店協会のエラい方だと知ったのは、後のことだ。物言いがカラッと直截で嫌味がなく、出版界の黄門とよばれる名物書店協会長だったらしい。
ときどき東京にこられると、新宿のホテル・ハイアットから電話があり「小林です。おい、出てこいよ」といわれ、よく食事をご馳走になった。というか、払わせてくれなかった。物凄くシャイで優しい人で、それが東京下町の伝法な口調になり、もはや聞けなくなったその口調と江戸っ子の気風を感じるのが楽しみだった。何かの拍子に鋭い目つきになると、肝の据わった迫力があり、破顔して笑うと人のよさが満面に広がった。その落差の魅力は、会った人にしかわからないだろう。ほんとに大好きな人だった。ずっと気になってはいた。
小林さんについては、「サライ別冊」で取材させていただき、拙著『あっぱれな人々』(小学館 2001年)に「元無頼の大家さん」として登場していただいている。
その冒頭にも書いたが、取材のお話をすると、小林さんは「どんなに書かれたっていいよ。”嫁に行った晩”だから」といわれた。僕が聞き返すと、「まな板の鯉、いいなりだってんだよ」と返され、「”鈴が守の犬”って知ってるかい?」と聞かれた。江戸時代、刑場があり、さらし首を犬が食ったので「人を食う」ことを、そういうのだそうだ。「博学の夏目先生でも知らねぇか、はははは」と笑われた。

立て続けの訃報でさすがに落ち込んだ。でも、老衰と伺い、父も老衰で自然と安らかに逝ったので、そうであればいくらか慰められると思った。
小林さん、何度か留守電をいただきながら、最近はまったくお会いせず、申し訳ありませんでした。もう一度、あのテンポのいい会話を楽しみたかったです。丁々発止、東京の人間の独特のリズムで、他のヒトには悪口にしか聞こえないけれど、じつは愛情と親しみに満ちた、あのやりとりを。

心よりご冥福をお祈りします。
少し先になりますが、僕がそちらに行ったら、またお話させてください。
ありがとうございました。

追伸

小林二郎さんのお通夜に何とか行くことができました。
会場では、僕の『あっぱれな人々』の小林さんについての文章を、ご親族が冊子にして配布しててくださいました。嬉しかったです。ありがとうございます。

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