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夏目房之介の「で?」

映画『マルタの鷹』と30~40年代犯罪映画

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ウィル・アイズナーの自伝的作品『ザ・ドリーマー』から、30年代後半のアメリカン・コミックスの勃興期(というと不正確な言い方かもしれないが)についてのゼミをやったのだが、その後、映画専攻の博士課程学生が30~40年代の犯罪映画の解説をゼミでやってくれた。要するに、当時のコミックで犯罪物、ホラー物がはやったのは、コミックスに影響を与えたパルプ・マガジンの小説や映画の大衆娯楽環境の中のことで、それらの関連を見なければならない、ということだ。ゼミ発表では、ジェームズ・キャグニーの犯罪映画の推移などを、一部を観ながらやってもらったが、当時の犯罪映画といえば、キャグニーやジョージ・ラフトなどの後を継いだハンフリー・ボガードがいる。

というわけで、ボガードの探偵映画(犯罪者が主人公の映画から、やっぱりそりゃマズイという雰囲気から刑事や私立探偵になり、ボガードも犯罪者から探偵に役がかわる)『マルタの鷹』(41年)を借りて観てみた。ダシール・ハメット原作のハードボイルドだが、映画の内容よりも、特典映像に入っているボギー映画の予告編集とその解説が面白かった。悪役だったボギーが、ダークな印象を維持したまま、最後には謎を解き悪者を警察に引き渡す正義の味方になる探偵役をやり、さらに『カサブランカ』(42年)をへて成長してゆく過程を、わかりやすく解説してくれる。予告編自体、僕は好きなのだが、これは楽しめて勉強になる。それにしても、ローレン・バコール! 魅力的だなああ。個人的には『カサブランカ』のイングリット・バーグマンより好きですね。残念ながら、僕が昔観たのは『カサブランカ』や『アフリカの女王』など、こうした過程の後のもので、ローレン・バコールは見てない。

で、ついに出た米国のコミックス・バッシングについての本『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(デイヴィッド・ハジュー著 小野耕世、中山ゆかり訳 岩波書店)を読み始めているが、まさにその時代も出てくる。そこにウィル・アイズナー『ザ・スピリット』のユニークさの記述もあって、これもまた当時の犯罪小説、映画の環境の中で描かれたということだ。もうひとつ、もちろんこれらはバッシングを受けたが、その間に第二次大戦が起こり、米国が参戦し、それどころではなくなって、むしろスパイ物も含めて盛んになったようだ。ボギーの映画にも、日本軍の陰謀を阻止するものがあった。観てみたいが、ないだろうなあ。いずれにせよ、戦争と大衆娯楽やコミックの関係は、興味深い。何しろ『カサブランカ』も戦争中の映画なのだ。

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