岩下朋世「『カナリヤ王子さま』から『リボンの騎士』へ 」
「『カナリヤ王子さま』から『リボンの騎士』へ ― "ストーリー少女マンガ"の成立過程―」
http://www.megaupload.com/?d=J0K9LK60
東北大学大学院情報科学研究科の岩下朋世さんの論文である。東北大学ナラティヴ・メディア研究会の活動報告書『ナラティヴ・メディア研究』に掲載予定で、同報告書には学習院大学院の身体表象文化学コースのササキバラ・ゴウ(佐々木果)さんも研究会での発表に基づく原稿を掲載予定だそうです。
岩下さんの今回の論文は〈『リボンの騎士』で扱われているようなテーマを先駆けて描いたものとして石田英助の「カナリヤ王子さま」という作品を取り上げ論じ〉られたもので、少女マンガの歴史について、重要な資料的発掘と仮説を提出していて、研究者は必読と思われます。
これまで少女マンガ史では、手塚『リボンの騎士』が少女マンガの源流とみなされ、とくにサファイアの異性装、両性具有と分身の登場などがのちの少女マンガに影響を与えたものとして特権的に語られてきた。いわば「起源」とされたといってもいい。この論文は、その影響そのものを否定するものではない。が、じつは少女マンガ誌の成立以前の少女雑誌時代からこうした異性装、分身はストーリー性を重視した連載マンガ(絵物語とマンガの中間的なもの)が存在したことを検証している。すでに戦前の松本かつぢ『?なぞのクローバー』での先行表現が指摘されているが、岩下は戦後の51年連載の石田英助『カナリヤ王子さま』でも、『リボンの騎士』(53~56)に先立って異性装と分身が成立していたことを検証している。
ここで重要なのは、だからといって岩下が先行研究の語ろうとしていることを否定しているわけではなく、手塚神話を歴史的に相対化することで、あらためて歴史の中に位置づけようとしている、ということだ。少女マンガに継承された異性装や分身に、少女マンガというジャンル成立以前からあった、西洋名作物の絵物語的紹介などを含めた少女雑誌のモティーフの継承の可能性があったという仮説が、その方向を示している。マンガをマンガとしてだけ見ていてはわからない側面をあぶり出す作業は、マンガをそれに先行する様々な文化史に位置づけなおすことになり、少女文化という近代の現象の中で考え直すことになるはずだ。
岩下は、「おわりに」で、こう書いている。
〈「起源」の探求よりも、当初はマンガ全体の中で傍流であった「ストーリー性」を持つマンガが、次第にマンガというジャンルの中で主流になってゆく過程を明らかにすることこそが重要である。〉
マンガを学術的に研究してゆくとは、こういう観点を手放さないことかもしれない。