伊藤公雄編『マンガのなかの〈他者〉』臨川書店
ずいぶん前に献本してもらった本なのだが、ようやっと読めた。
http://www.rinsen.com/books/visual.htm
これ、すごく重要な論文がいくつも入っている。研究者必読の書だと思うが、装丁もタイトルも図書館向けの地味な作りで、一般読者を獲得できそうもない。惜しい。
はじめに 伊藤公雄
第一章 日本マンガにおける異人ことば 金水敏
第二章 歴史表象としての視覚的「日本人」像 吉村和真
第三章 『ドラゴンボール』と出会った韓国 山中千恵
第四章 日本のマンガにおける他者との遭遇 梁仁寶
第五章 戦後少年マンガのなかの〈敵〉イメージをめぐって 伊藤公雄
第六章 「他者」としての「ヒットラー」 ベティーナ・ギルデンハルト
第一章はマンガの中の「中国語」言葉(~アルよ)を扱い、チャイナ服少女類型の変化にいたり、第六章はドイツにおける『アドルフに告ぐ』翻訳版がほとんど反応がないままだった事態の分析から「ヒトラー」表象の比較分析にいたるなど、いずれも興味深い論文である。
中でもマンガによる日本人及び外国人表象の成立を近代国家の成立過程とからめていく第二章、韓国における『ドラゴンボール』受容の分析を通じて文脈の異なる受容をどうとらえるか問題提起する第三章、少年マンガにおける戦前と戦後の連続性を論じる第五章などは、マンガを歴史的にとらえる議論の中で今後前提としてしかるべきものだと思う。少なくとも、うちのゼミ学生には全員読ませたいが、それにしてももっとふつうに読まれてほしい。
吉村は、追記の中で書く。
〈風刺漫画を含むマンガが、もはや単なる図像や娯楽でいられないことを、すなわち「文化の政治性」を避けて通れない〉93p
山中は、論文の最後こう問いかける。
〈「日本マンガの海外受容」について興味を持つ「私たち」は、なんのために日本マンガを読む海外の人々を想像する必要があるのだろうか〉125p
これらに限らず本書には多くの示唆的で刺激的な観点が含まれている。
こんな本を、今ようやく読めるというほど、僕は余裕がなかったんである。困ったもんだ。これで大学の先生やってんだからなー。
本書でも触れられている吉村和真・福間良明編著『「はだしのゲン」がいた風景 マンガ・戦争・記憶』(梓出版社)も、ずいぶん前に献本してもらっていたが、最初だけ読んで中断していた。今、こちらを読んでいるが、これもまた図書館向け仕様でなかなか読もうと思えないのだが、読んでみると同様に重要な論文がたくさん載っているのである。
http://www.azusa-syuppan.co.jp/gen/gen.html
とくに第三章「物語の欲望に抗して」(谷本奈穂)、第四章「マンガを「言葉」で読む」(大瀧友織・樋口耕一)は、マンガを分析する方法論についての記述も豊富で、ゼミのテキストにいいんじゃないかと思った。
というわけで、ゼミ生のみなさん、これ読んでいたら、できるだけこの二冊、読んでおいてください。