米大学生へのレクチャー
7月13日(金)の午後は、麻布十番で「テンプル大学」というフィラデルフィアの大学の夏季講習で、マンガについてのレクチャーをした。以前、うちで個人的に「英語でマンガを語る会」というのをやってたときに来てくれてたポールが呼んでくれたのだが、他に森川嘉一郎氏と津堅信之氏も紹介した。
少人数で気楽な雰囲気で、楽しくできた。作ったレジュメは一時間半通訳つきには多いかなと思ったけど、結果、少しはしょって、最後に質疑の時間もとれたので、よかったんじゃないかな。
以下に、そのレジュメを載せておく。
通訳の人と直前に打ち合わせしたんだけど、そのとき聞かれたのはまず明治期に輸入された「近代印刷媒体」は具体的にどういうことか、ということだった。マンガと近代化のことは、何度も話しているので、どうしてもスッと書いちゃうけど、たしかに具体的に説明するのは難しい。何しろ相手は米国の大学生なのだ。
明治時代というのが、日本をサムライの国から産業革命を意図的に起こし、社会構成を変え、あらゆる西欧文明を輸入していった過程で、印刷技術も新聞媒体も流通も、すべてがその過程で新しくなった・・・・ということを、簡単に数十秒で説明しなければならない。
やっぱり何度やっても、そういう翻訳の問題は難しいよねー。自分で英訳してみると、もっとわかるかもしれないけど。
Dear Paul san こんどのレクチャーのメモです。ちょっと長いかもしれない。じっさいの講義では、これをもとに適当に時間を見ながら話します。
テンプル大学 夏季講習 2007.7.13 夏目房之介
タイトル マンガはどういう表現か
1)COMICS, MANGA,・・・・
01)Will Eisner 「COMICS & SEQUENTIAL ART」(コミックスと連続的芸術) Scott Mccloud 「UNDERSTANDNG COMICS」で定義を引用
02)日本の近代漫画→19世紀後半明治維新以降、ウェスタン・インパクトによる近代化の過程で、新聞のカリカチュアの影響を受け、近代印刷媒体の輸入と普及にともなって成立
03)19世紀末から、米・新聞競争を背景に生まれたコミック・ストリップ(複数のコマとセリフ、ナレーションによる説話形式)の世界への波及が、大衆社会化とともに日本にも20世紀前半に波及。1920年代には子供向けのコマ・マンガというジャンルが確立してゆく。→近代日本マンガの源流
04)現在MANGAとよばれるものは、ほぼ20世紀になる頃に成立した、近代的な大衆媒体の表現形式(コミックス同様に、同時期に世界に普及した映画・アニメーションと深い関係がある
→第二次太戦後、日本に固有な歴史的条件の中で、とくに60年代以降の市場拡大にともなって特異に発展した表現形式=マンガ
2)マンガ表現の構成要素
05)マンガ表現の形式=伝達媒体の特性 →他の表現媒体、活字の本、絵画、音楽、映画などとは異なる要素の構成がみられる
もっとも重要な要素は三つ 絵・文字・コマ[図1]ホワイトボード
06)
◎文字のないマンガもあるが、日本マンガのほとんどは文字を効果的に使う
◎コマは多くのコマで複雑な感情、ストーリーを語るようになって重要な基本要素に
◎が、本当に重要なのは、これらの要素の相互関連
とくに互いに隣接する諸要素の機能
そこにマンガの魅力、面白さ、アートとしての特異性がある
海外のコミックスと比較した場合も、日本マンガは絵と言葉とコマの融合性が高いように感じられる
3)日本マンガの特徴とは
07)例の1
図2,3,4 BOUCQ 「LES AVENTURES DE JEROME MOUCHEROT SUS A L’IMPREVU! 」CASTERMAN 1998 10~11p、12~13p、14p
フランス人作家による「ケンドー、ジュードー、カラテ、マンガ術、柔術」道場の「教え」 いかにもな日本人マスターによるマンガ術の特徴
08)図2
◎「ガー」「ズ」オノマトペ(音喩)文字 ◎細かく描きこまれた効果線、◎白黒画面
09)図3
◎大きく見える拳骨=アクション動作の誇張(?)
10)
図4
◎効果線、クローズアップ、コマの枠線の傾き
誇張された「日本マンガらしさ」 事実どうであるかよりも、どんなイメージで「日本マンガ」が流通しているかを示す
オノマトペや効果線の多用は、古典的なアメリカン・コミックスでも見られる
日本マンガのそれは、戦後に特異な発展をした
11)例の2
図5,6 マット・マドン(米)Matt Madden 「コミック 文体練習 99 Ways to Tell a Story: Exercises in Style」国書刊行会 06年(原書2005年) 17p,57p
基本の場面をいくつものスタイルでコミックにしたうち、日本マンガ風
12)図6
◎断ち切りや女の子のコマのはみ出し
13)
◎ちょっとH ◎顔のアップ ◎音喩 ◎効果線
14)
◎やや大げさな吹き出し(バルーン)の形 ◎特徴的な人物の造形スタイル
15)注目されている表現形式上の特徴は、いずれもコマの様式、おおげさな効果線、音喩表現など
4)音喩表現 文字と絵の関係
16)オノマトペ表現の重要な役割[図7]手描き 「シーン」
静かで音がしないことを意味する日本の音喩 音のない状態の擬音化
細く鋭い造形で、「ー」の音をのばす部分は、いわば静けさの時間が長い、それだけ深い静寂であることを示す 翻訳困難
17)オノマトペの使用は日本語における重要な位置を占める
英語よりはるかに利用頻度も多く、変化も多様 英語圏ほど子供っぽいイメージもなく、日々マンガ作品により創造され、社会に流通している
18)同時に、この文字造形そのものが、一種の「絵」
文字造形と意味の融合 たとえば→[図8]手描き
19) 同じ「シーン」を太く、力強く描くと、まったく印象が違い、重苦しい感じ こうした文字造形の工夫を日本マンガはさかんに行う
描き文字の音喩は、文字でありながら「絵」にきわめて近い
4)コマと文字・絵
20)一般にマンガの時間的連続性はコマ構成による
21)日本語は、縦文字を右→左に読む マンガも同方向順に時間が進む
読者の読みも同様 →一般に主人公は右→左に向かって、敵や事件、話の未来に向かって進むことが多い。
22)その時間方向に沿って、効果的に視線を誘導するアクション分節の「わかりやすさ」 図9 岸本斉史『NARUTO』27 集英社 92~93p
23)図10 コマの形態(断ち切り、斜め)と、手描き音喩、セリフや内語、人物の顔、目、関係などによる視線の誘導線 コマ・文字・絵の融合性
縦書き文字と読者視線の揺れ →コマ構成の特徴?
24)図11 前掲『NARUTO』同 95p
また時間の流れを縦長のコマで断ち切って止めたり、滞留させる
25)図12 同上 163p
あるいは何も描かれていないコマによってフェイドアウトの効果を示すことも
26)いわば文章の句読点、映画のカット編集
コマ構成が物語時間の緩急やリズムを制御する→一種の文法
27)コマを重複させたり、内包させたりする構成法
女性が女性に向けて描く「少女マンガ」という分野が、おもに70年代に開発した技法[図13] 夏目『マンガはなぜ面白いのか』NHK出版 1997年 169p、171p 77年の少女マンガ作品例と、そのレイアー構造図
28)時間分節機能を弱め、同時的な雰囲気や回想を描く場合によく使う
造形としてみれば抽象画的な構成(コンポジション)
→コマ構成は言葉(文法)的であり、かつ絵に近いもの
5)絵の記号性と文字
29)日本マンガでよく使うマンガ的な絵記号の米同人誌版 [図14]
Story :Miyuki Fujisaki Art :Musashi「Gakusei Senshi」Issue 2 Tsukirima Comix 1998年
アニメにもマンガから波及して使われる焦った心理を表現する「汗」
30)心理、時間、運動を絵の中に与える絵の要素(形喩)の一種
ある程度独立した記号的単位
場合によって吹き出しの中、後頭部の髪にあらわれる汗[図15]手描き
31) こうしたマンガ的記号は、絵でありながら文字=言葉に近い働き
作品の中に豊かな時間性を与える
欧米のシリアスなコミックでは、こうした記号をできるだけ抑制する
6)まとめ
32)コマ・文字・絵3要素のダイナミックな関連が、時間分節による視覚効果、本の頁をめくるという行為との相乗効果で、実際のマンガを読む体験が形成
33)頁数の多い、雑誌連載が主流の日本マンガでは、頁をめくるときの「次はどうなるか」の期待と驚き、また連載の最後のコマでいかに次回を期待させるかも、重要な方法論的要素になる
34)一般化していえば、マンガは具象的な画像と抽象的構成と文字表現の混合
かつ大衆的複製媒体 19世紀的な古典的純粋芸術の枠組でいうと、こうした混合は低位文化とみなされる
35)が、映画やポップミュージックがそうであるように、大衆文化は軽々と国境をこえ新たな表現を各地に生み出し、異文化コミュニケーションの重要で強力な媒体となりうる
36)現代日本のマンガの表現形式を基礎に発展したアニメとともに、もともと海外からのインパクトを受けて成立し、だからこそ、世界性をもつ