【書評】『ニューヨーク地下都市の歴史』:地下に魅せられた人たち
世界の最先端を走る大都市ニューヨーク。この都市を、仮にケーキを分ける時のように垂直に切ってみるとする。すると、天空に向かって伸びる高層ビル群と同じくらい、地下深くには数多くの建造物があり、その広大さは誰もが驚きをおぼえる規模であるという。
ニューヨークの歴史は、破壊と構築の歴史である。地上でのめまぐるしい変化をよそに、高層ビル群の鏡面世界に築かれた地下の巨大建造物は、静かに時を刻んできた。本書はそんなニューヨークの地下世界を、数々のエピソードと図版を交えて紹介した案内書である。
◆本書の目次
第1章 もうひとつのニューヨークの魅力
第2章 マンハッタンの生命線
第3章 地下鉄システム
第4章 地下の巨大建造物
第5章 秘密に満ちたトンネル
第6章 逃げ道と配管シャフト
第7章 迷宮と丸天井
第8章 地下世界の魅力
高層ビルが未来へ向かって突き進む象徴だとするならば、地下世界は過去を遡るものである。1916年、地下鉄コートランド通り駅建設のためにマンハッタン南端の地面を掘り起こしていると、古い船の残骸が見つかった。これは、1613年にマンハッタンにやってきたオランダ船の「テイヘル」号の残骸ではないかという説が濃厚だ。このようなことが起こるものも、古生代からマンハッタン島を流れる河川のほとんどが、現在では地下に潜っていることによるものである。
1991年には、ブロードウェイ付近では、工事中に土地を掘り起こしたところ、十八世紀の共同墓地に遭遇し、数百もの奴隷の遺体が見つかっている。とにかく外科手術的な処置を好んできたニューヨークでは、その手術跡が全て地下に埋め込まれているのだ。
また、地下の歴史は、ライフラインの歴史でもある。水道管、地下鉄をはじめとする重要なシステムが、地下の広大な世界にて育まれてきた。例えば地下鉄の中には、現在廃駅となっているものが四駅ある。その中でも至宝とされるのが、マンハッタンの市庁舎駅である。本書では1945年に廃駅となり、現在では重要文化財になっている現在の模様が、1870年のアルフレッド・ビーチの地下鉄開通への奮闘ぶりとともに記述されている。
さらに、マンハッタン計画の際に研究で必要な放射性物質が運ばれた、コロンビア大学の地下トンネル、禁酒法時代にニューヨーク市長が通いつめていたとされる違法酒場クラブ21などの話も興味深い。文字どおりのアンダーグラウンドな世界が、今もなおタイムカプセルのように残されているのだ。
しかし、一番興味深いのは、著者をはじめとする地下世界愛好家と呼ばれる人たち、そのものである。なぜ、このようなものに興味を持ったのかという質問は、愚問であるだろう。運が悪ければ処罰されることを覚悟しながら、目の前に開けた新しい世界を記録し、人に伝えることの醍醐味を知ってしまった人たちなのだ。
その愛好家たちの中でも、嗜好はさまざまだ。ユニークな写真を取ることに魅せられた者、地下にいる人間に興味がある者、路面化にある線路をひとつ残らず記録する者、落書きに興味を持つものなど多種多様である。また、ある時、グランドセントラル駅の地下を散歩中に、作業員に見つかってしまうのだが、話しているうちに意気投合したというエピソードも披露されている。
彼らは、多くの人が足元のすぐ下で何が起こっているのかを想像すらしない秘密の空間に数々の面白みを見出し、密かにほくそ笑んでいるのだ。しかも、そこに少数ながらも強い絆が生まれてしまっては、もはやその魅力から抜け出すことはできないだろう。この感覚、凄くよくわかる。
人類の叡智が散りばめられた地下の歴史を知ることなしに、本当の都市を知ることはできない。そしてGoogleマップの手も届かない、このような世界のことを知るためには、優れたキュレーターの力が必要なのだ。本書を読みながら、ディープな世界に存分に浸って、ほくそ笑んでみてはいかがだろうか。
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