【Book】『毒婦伝説 高橋お伝とエリート軍医たち』
あの珍書プロデューサー・ハマザキカクをして、
HONZの朝会で内藤さんが紹介した『毒婦伝説―高橋お伝とエリート軍医たち』、私も読みましたが本当に「珍」書だと思いました。 ow.ly/kOKYa
— ハマザキカクさん (@hamazakikaku) 2013年5月8日
とまで言わしめた本書は、まさに珍書の中の珍書である。
タイトルだけを見た時は、やれ木嶋 佳苗が◯◯だの、林 真須美が××だの、その類いかと思ったのだが、中身は全然違った。主人公は明治時代に実在した一人の女性、高橋 お伝。その数奇な運命がヤバい、ヤバい、ヤバい。とにかく奇妙な出来事の連続なのである。
事の発端は、明治の初期に起こった殺人事件。幾多の苦労を乗り越え、最愛の恋人と商売を始めたお伝だが、うまく立ちいかずに借財を重ねる。そこで知り合いの後藤 吉蔵に借金を申し込んだところ、一夜を共にせよと求められてしまう。泣く泣く応じたお伝であったが、翌朝、吉蔵からは「金は貸せない」との回答が。
激高したお伝は、剃刀で吉蔵の喉を掻き切って殺害。姉の仇討ちを思わせるような書き置きを残し、吉蔵の財布から11円を奪って宿を後にする。そしてお伝を待ち受けていた運命は、わが国で最後の斬首刑に処せられるというものであった。(※最後の斬首刑については諸説あり)
お伝にとって悲劇だったのは、彼女が非常に美人であったということだ。それゆえに、この話を伝える側と受け取る側の格好の餌食にされてしまう。事件が起こったのは、まさに時代の転換点となった時期。斬首刑後に次々と作られた物語や芝居により、ますますスキャンダラスに伝えられてしまうことになるのだ。
凄いのはここからだ。お伝は死刑執行後に解剖され、肉体の一部分、なんと性器を切り取られ、東京帝国大学医学部(当時)にアルコール漬けで保存されてしまったというのである。これが万が一事実だとしたら、アルコール漬けまでして保存の指揮をとった人物は誰なのか。一体何がきっかけでそのようなことがなされたのか。
当時、腑分けという風習があり、死刑を執行された囚人は、医学発展という名目で解剖されることも多かったのだという。調べにより、お伝の腑分けを担当した人物として4人の軍医の名前が挙がる。そして局部の保存については、「多情の女ゆえ局部に異常発達ががあるのではないかという軽い気持ちで、ついでにやったに過ぎない」という内容の記録が残されていたのだ。
これが著者の行動に、何らかのスイッチを入れる。お伝の一部が保存されていると思しき、東京大学医学部医2本館に突入し、その真実を確かめようとするのだ。だが、数度に渡る果敢なアタックにもかかわらず、「お伝のアルコール漬け」は東大医学部標本室には見つからない。
その後も関連情報を調べていると、国会図書館でとんでもない事実を知ることになる。お伝の「その部分」に関する論文が存在するというのだ。その論文のタイトルは「阿傳陰部考」。ちなみに書かれたのは、標本にされてから約50年の月日が経っての出来事である。
しかもこの論文、その後『阿傳陰部考』というタイトルで書籍としても刊行されていたのだ。そこにはタテ5センチ、ヨコ3.5センチほどのモノクロ写真が掲載されており、この2枚の写真のコピーを、希望者に郵便切手50円で送付するというオマケまで付いていたという。
お伝の測定図を学術誌に発表した人物は清野 謙次。測定したのは清野 謙次の教え子、中留 金蔵。この2人の正体を探っていくと、あの悪名高き731部隊との関連性が浮かび上がってくる。
731部隊の隊長は、言わずと知れた軍医の石井 四郎である。実はこの石井、清野 謙次の教え子であったのだ。恩師の清野から「今後は中国で細菌戦」とアドバイスされ、石井はアイディアをまとめあげ陸軍に提案。そうして設立されたのが731部隊なのである。中留にいたっては、731部隊への所属歴もある人物だ。
だが、話はまだまだ終わらない。その後お伝の陰部は、思いもよらぬ場所で再び世の注目を集めることになる。その場所とは、浅草の老舗デパート。敗戦直後の時期に「若き人々におくる性生活展」という催しに展示されていたのである。その入場料、30円。
さらに話は続くから、落ち着いてほしい。「性生活展」から時を経ること10年。三度、お伝の陰部は東京に現れたのである。その舞台は、なんと都内のビルのゴミ捨て場であったのだ...
しかもこの時には持ち主が名乗り出たというから、もう驚くよりほかはない。持ち主は、731部隊で「結核研究」班の班長を務めていた人物。戦後、ミドリ十字の前身である日本ブラッドバンクの取締役も務めていたといえば、およそ人となりも想像がつくだろう。彼の目的は、果たして何だったのか?
正直、僕ごときの手には余る一冊であった。文明開化の直後に起きた一つの殺人事件。そして、その後100年近くに渡って続いた恥辱。手を下した軍医、社会の眼差し、731部隊、数々の悪魔がお伝を蝕み続けたのである。
この話を知った後で、どう受け止めたら良いのか、皆目検討がつかない。ただ、ノンフィクションの辺境を彷徨い続けていたら、ついにここまで到達したのかという達成感は残った。
本年度、最もリアクションに困った一冊として推挙しておきたい。
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