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ライフワークとしての音楽を考えていきます

人でなしども なぜ私の大事なものを奪うのですか

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大事な人を奪われる悲しみ。
永遠に戻ってこないその人との関係とは。
ひたすらに静かに、しかし深き問いをなげかけてくる。

ポーランドの作曲家、グレツキ(1900~1973)の交響曲第三番 作品36 「悲歌のシンフォニー」は3つの楽章からなる作品です。
 
その第二楽章では、第二次世界大戦末期、ナチスに捕らわれた18歳の少女が、ゲシュタポ収容所の壁に書いた祈り言葉が歌われます。

お母さま、どうか泣かないでください。
天の、いと清らかな女王さま、どうか、
いつも私を助けて下さいますよう。
アヴェ・マリア

この作品のヒットは、イギリスのFM放送が流しリクエストが殺到したことから始まりました。欧米でもクラシックとしては異例の30万枚を超えるベストセラーを記録したこともあります。
 
歌詞は、何を言っているのか分からなくても、その旋律やハーモニーから静かな祈りが聴こえてきて、救いようの無い静かな悲しみの中に浸り、癒される。
 
それではジンマン指揮、ロンドン・シンフォニエッタ、ソプラノ独唱はアップショウで、お聴きください。
 

ソプラノとしては低い音域から唸るように始まります。それが少しずつ救いを求めるように高まっていく。5:20からの、光が降り注ぎ神の手が差し伸べられ、浄化された少女の祈りの歌は、純粋無垢の響き。この世のいかなるものも少女の魂を汚すことはないでしょう。
 
そして、さらに素晴らしいのは第三楽章です。
 
ポーランド民謡が使われており、戦争で子供を亡くした年老いた母親の悲しみを歌います。

私の愛しい息子は、いったいどこへ行ってしまったの?
人でなしども。後生だから教えて。どうして私の息子を殺したの?
 
たとえどんなに涙を流して、この老いた目を泣きつぶしても、
私の息子は生き返りはしない。
 
神の小鳥たち、どうか息子のために
さえずってあげて
母親が息子を見つけられないでいるのだから
神の花よ、あたり一面に咲いてください
せめて息子が楽しく眠れるように
(以上抜粋)

二つの和音を繰りかえす神秘的なオーケストラの出だしから、私たちの魂は浄化され透明になっていく。
8:00で「神の小鳥たちよ」と歌うとき、明るい響きに変わり、恩寵のときが訪れる。しかし13:20で、また「どうして私の息子を殺したの」と冒頭の重い感情が戻ってくる。最後15:21で再び優しく穏やかな表情になり音楽ははるか遠くに行ってしまう。
 
常に静かにゆっくり流れる音楽に浸り、ひたすらな悲しみに身を任せるのがこの作品の聴き方だと思います。
 
「悲歌のシンフォニー」を聴くと、世界ではいまだ戦いの中で罪の無い人々が命を落としていかれることを思う。愛する人、大事な人を失ったときのことを考える。
しかし私は、生かしていただけるなら、生かされている間にこそ絆を強めたい。それはいつか来るであろう永遠の存在となる「あなた」に対する悲しみを内包しているように思えます。だからこそ、その有り難い一瞬一瞬を慈しみたい。
 
永遠の静寂が訪れるその日まで。

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