オルタナティブ・ブログ > 永井千佳の音楽ブログ >

ライフワークとしての音楽を考えていきます

最初からすぐ出来る人は才能があるとは言えません

»

「なぜこんな簡単なことも出来ないのか」
 
自分が情けなくなることがあります。
何度やっても不器用で指が回らない。譜面を見てすぐに弾ける人がうらやましくなる。
ついには、投げ出したくなってしまう。
 
そんなとき、自分を励ますために思い出すことがあります。
 
ある有名なバレエダンサーが言っていたことば。
 
「最初から足の上がる人は才能があるとは言えません。
 
足が上がらなくても毎日一生懸命練習する。
そうすると、ほんの少しずつでも上がるようになる。
足は心を込めて上げなければ上がらない。
だから、その0.1ミリにも魂が宿るようになる。
 
そういう人は、足を上げただけでもそこに重みというか何かがある。
お客さんが感動するのはそういうダンサーです。」
 
「すぐに達者に弾けるからピアノの才能がある」
 
「最初から高い声を持っているから声楽の才能がある」
 
そう思ってしまいがちですが、実はそうではないというのです。
 
もちろん、「足が上がらないから才能がある」と言っているわけではありません。
 
動かないものを動かすようにする。出来ないものを出来るようにする。その過程における成長が才能なのではないでしょうか。

成長こそが人を感動させるのだと思います。

Comment(8)

コメント

100%同感。私は不器用で、運動神経もろくなものではありません。音楽の才能も人並み以下です。しかし、あるとき音楽が好きになり、フットボールやバスケが好きになり、寸暇を惜しんで練習にあげ見ました。音楽は小学校のときずっと「2」でしたが、自分が好きな音楽を理解しようと思って図書館で楽典を仮、音楽の本を読みあさり、知識と知恵でカバーをしました。はじめて作曲をしたのが中学生のころ。高校時代はロックバンドを組み、学園祭で最優秀バンド証を頂きました。人はなんでも好きで、のめりこみ、魂を投入してそのことを磨き続けることが大事なのだと信じています。

NewTama

誤植すみません。仮-->借り、証-->賞

NewTama

追加訂正:あげ見ました-->はげみました

TETSU

荻原兄弟の話を思い出した。
最初は弟の荻原次晴の方がうまかったらしくて、それが悔しくて努力続けた荻原健司の方がトップ選手になれたようです。

でも別の理論もあって、最初にある程度うまく出来ないと実際は続けるのは難しいです。どんなことでの一流になるには10万時間の練習が必要で、それだけの練習をするには小さい頃から秀でた人でないとそこまでのモチベーションがないとか。
最初にうまくできないと、なかなか楽しいというレベルまで達しないですからね。でもそこで止まってしまう人も多いと。小さい頃に天才少年とか言われる人がたまにいるけど、本当はその後の方が重要なんでしょうね。

NewTamaさん
どんなことでもそうなんですね。素晴らしいご演奏も小俣さんに聴かせていただいたことがあります。好きとか嫌いとか超越してしまい、もう無条件に、有無を言わさず献身してしまう。そういう境地を知っているか知らないかでは、人生大きく違うような気がします。成長のある素晴らしい人生を生きたいですね。

TETSUさん
最初にどのくらい出来ているかということは、程度の問題かもしれませんね。また基準もそれぞれで、こちらが「良く出来ている」と思っても、本人は「全然だめだ。もうやめよう」とまで感じているケースも結構あります。音楽においては早熟・晩熟ありますが、成長の過程に人は感動するのだと私は思っています。

以前、朝カフェでお会いした宗像です。ご無沙汰しています。
素晴らしいポストありがとうございます。
本当にその通りだと思います。
元気を頂きました。

宗像 淳さん
こちらこそご無沙汰しております。ご活躍のご様子ですね!
共感していただき大変嬉しいです。有り難うございました。

コメントを投稿する