人の心を揺り動かす 奮い立たせる ファーストリテイリング柳井正のメールとは
「メールや手紙を見ればその人のことが分かる」と言われています。それはその方に会わなくとも、です。
ベートーヴェンは、生涯に何通もの手紙を残しています。
「ベートーヴェンの手紙」(岩波文庫上・下)を読んだとき、ベートーヴェンの音楽以上にベートーヴェンの体臭が感じられました。手紙の中で、自らの感情をさらけ出し、魂が苦悩する様を隠しません。読んでいて強い共感を覚えずにはいられません。
彼は「古典派」という「形式による美」を尊重する作曲家であったのですが、感情をゆさぶるような文章を書く人です。まさに文章は次世代に来る「ロマン派」そのものであり、彼の音楽は時代の一歩先を行っていたともいえましょう。
「PRESIDENT」2012年3月19日号に、”「カリスマ社長」のワザあり文書”と題されて、孫正義、松下幸之助、本田宗一郎、S・ジョブズなどが紹介されていました。その中でも特に良かったのが、ファーストリテイリングの柳井正さんのメールです。元旦の日、全社員に向けて一通のメールが柳井さんより発信されます。今年のメールが掲載されていましたので、抜粋して皆さんにご紹介します。
・・・・・(以下引用)・・・・・
特に店頭で販売されている社員の方々、連日のお勤め本当にご苦労様です→①
(中略)
国民の預金と財産を担保に借金をしまくり、食いつぶしてしまった政府。この20年間の借金生活で貰うことばかりで稼ぐことを忘れた日本人。一生懸命仕事をするよりも小市民的なほどほどの生活を良しとする日本人。年金政策の崩壊と原発事故は犯罪であり、人罪です。→②
(中略)
もっと早いスピードで日本は崩壊に向かっています。→③
(中略)
なぜこんなことを書くのか。それは私の原体験の中にあります。→④
(中略)
社員全員で実現したいと思います。→⑤
①で現場をねぎらい、②で感情をあらわにし、③では危機感をしめし、④では、自分が炭鉱の町出身であること、そして「町はなくなり小学校が廃校になり、町と学校が突然消えた」という「自分」の実体験を語って、伝わりやすくしている。そして最後⑤では「全員」でと連帯感を醸成している。誰にでもわかる言葉で、直接感情に訴えてくるように書いている
・・・・・(以上引用)・・・・・
これを茂木健一郎さんは
「人間は感情を揺さぶられると、そのあとに続く情報が頭に刻印されます。記憶の中枢である海馬が、感情の中枢である扁桃体と密接に連絡を取り合っているためです」
「互いの感情を共有することは、集団的な知性を発揮する上で非常に大切だということは、MITの研究でも明らかになっています。」
「自分をさらけ出すことです。トップの人間性が素直に現れたメッセージほど、共感は大きくなります」
と分析します。
柳井さんは、このメールを12月初旬から準備しているのだそうです。自分の経験から内容一つ一つ吟味し、練り上げ、書かれた文章には言霊が宿り、行間からもエネルギーが感じられます。これは、技術や知識だけでは書けないものです。
人の心を揺り動かし、共感し、奮い立たせる。そんなメールをいつかは書いてみたいと思いました。