明日世界が終わりでもリンゴの木を植える
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小さな子どもたちを見ていると、すごいなあ、と思うことがあります。
さっきまで泣いていたかと思うと、もう笑っている。
明日の心配もしていない。過去のことを悔やんでもいない。
今を生き切ることができないでいる自分が、もどかしくてたまらなくなる瞬間です。
予想されている関東大震災は、実はまだきていないのだそうです。
今回の被災地での被害の凄まじさを見てしまうと、これが首都圏直下でおこったらどうなってしまうんだろうか、と思ってしまいます。
もしかしたら、明日来るかもしれない。
いや、次の瞬間に来るかもしてない。
「そのとき自分ははたして生きているのか。」
モヤモヤとした不安がこみ上げてきます。
子どもたちはそんなことは考えず、キラキラとした今を生きて、きっと、地震がくる直前まで、無心に遊んでいるのでしょう。
大人が刹那的ではなく、この境地に達するには、意志の力がいると思いました。
たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私は、リンゴの木を植える。
マルティン・ルターの言葉です。
今自分のなすべきことは、覚悟をもって信じている目の前の仕事に行じること。
そのことを教えてもらったような気がします。
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