避難した子どもたち その未来は
今回の震災で、子どもたちは一体どうなっているのだろうか。
お父さんやお母さんとはぐれていなだろうか。
きちんと勉強は出来ているのだろうか。
ある日のNHKニュースでのこと。
避難所での食事当番は、中学生たちが率先して取り仕切っています。
チームのリーダーとなっている男子生徒は、津波のあとお父さんとはぐれてしまいました。
しかし、彼は言います。
「卒業前にお父さんに言えなかったことがあります。
ここまで育ててくれてありがとう。
お父さんはまだ見つからないけれど、仕事でも責任感の強い人だったから、どこかで皆を仕切って頑張っていると思います。
だから自分も頑張ります。」
お父さんが生きていることを純粋に信じる瞳でした。
11年前。三宅島の噴火で避難した子どもたちもいました。
2011年4月16日の日経新聞。「遠みち近みち」。
東京都立三宅高校の元校長、松尾駿一さんは、2000年の三宅島の噴火により小中高生140人と都立秋川高校へ集団避難しました。
「いつ島に帰れるか分からない。ひとりになれない。親と一緒に過ごせない。四六時中顔を合わせているので友人の嫌な面が見えてしまう。そんな不安や不満がストレスとなり問題行動が生まれる。
小学校低学年では、だだをこねて教師の注目を集めようとする退行現象。中高校生では目に余る男女交際や喫煙、女子高生の自傷行為などが生じ対応に追われた」
そのとき3つの対策が問題の解決につながったといいます。
1、根気よい心のケア
2、授業と夕食の間を利用したスポーツ部活動
3、寮を学習の場にする
3の場合、結果的に大学への進学率が大幅に上昇しました。
一緒に苦労したおかげで、生徒、先生、島の人たちと信頼関係が深まったことが何よりの宝だったそうです。
淡々と述懐されていましたが、決して簡単なことではなかったはず。
この三宅島の生徒さんたちは今どのような大人になられているのでしょう。
きっと立派に、社会で世のため人のために生きておられると信じています。