検索が便利になると仕事が進まなくなる
原稿を書く仕事をしているときに、GoogleやWikipediaなどを利用するのが当たり前になってしまった。みつかった情報が信頼できるかわからないので、複数にあたったりするために、言葉1つの意味を確認をするにも何度もインターネットの世界をさまよい歩くことがある。
英国の調査によると、1ヶ月のうち2営業日は無意味なWeb閲覧に時間を費やしているという調査結果がでたとのこと。検索結果を眺めて、クリックすると関連情報に目がいき、さらにクリック。インパクトのあるバナーをついついクリック、そしてさらなる深みに。自分はこんなことが多々ある。"What Was I Looking For?" 自分は何をしていたんだっけという英文を略し"wilf"というようだ(何と読むのか?)。
さまざまな検索ソリューションが登場し、日々便利になっている。とはいえ、検索が便利になるとなんだか寄り道してしまいそうだなぁと感じる。検索ワードに対しあらゆるソースから結果を引っ張ってきて、見落としがなくなるのはいいことなのだが、検索結果がたくさんあれば当然ながらwilf状態になりやすいだろう。逆に適切な検索ワードを指定して少ない検索結果が表示された場合にも、もっと情報があるのではと逆に不安になり、よりたくさん検索結果出るように別の検索ワードを並べてしまうかもしれない。
先日発表された検索できる対象が増えたOracle Secure Enterprise Search 10gの発表会でデモンストレーションを見ていたときも感じたのだが、デモのときなどはシナリオに沿っているので、検索結果から順次目的の業務の流れに沿って作業ができ、すごく効率的に作業が進められるのだが、いざ自分の場合に照らし合わせてみると、検索結果からwilf状態にすぐに陥ってしそうな気がした。出張報告書を書こうとしていたのに、気がついたらゴールデンウィークの休暇申請をしていたなんてことになりそうだ(例がちょっと変かな)。
wilfに陥ってしまうのは、自分の仕事に対する意識の問題なのかもしれないが、なんだか便利になると不便になるような気がしている。Amazonなどのリコメンドの機能などはまさにそうで、最初に欲しいと思っていたのとは異なる、高価なものをいつのまにか購入している自分がいたりする(それで満足できるならばいいのだけれど)。
もちろん、検索のツールも進化していて、検索結果の表示順をカスタマイズできたりするようにはなってきているのだが、問いかけに対し、あなたの求めているのはこれですと唯一の答えが返ってくるわけではない。調べることと検索することが異なるのだということを、忘れないようにするのが重要か。とはいえ、それでwilfが止まるわけではないのだが。