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計測できそうでできない多くのこと。エンピリカル(実証的)アプローチで。

私の場合、感受性が下がっているときはブログを書くのに時間がかかる

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私はブログはだいたい前の週の土曜の午前中に書いて、次の週の火、木曜、あるいは水、金曜に公開していることが多い。仕事柄、仕事とプライベートの区切りが薄いので負荷が高くなると土曜日に仕事をしているせいで書けないこともあるし、家族の都合で書けないこともある。

書けないときの原因を大別すると次の2つになる。書くためのテーマやネタがあるけれども時間が足りなくて書けない。時間はそれなりにあるが、テーマやネタが思い浮かぶのに時間がかかる。本エントリの表題は後者のほう。

他の人との会話なり、ニュースなり、論文なり、感受性が下がってきていて、見聞きしたそれらの話を自分なりに解釈し、読んでくださった方への「気づき」に変換するのに時間がかかることがある。(本ブログの大きな目的はソフトウェア開発に携わる方への「気づき」のきっかけを提供することにある。)

見聞きした話の中に、自分ならこうするというような切り口を与えて、解釈することは、自分では得意なほうだと思っている。ところが、締切りが厳しいものが複数重なると感受性が下がってくる。直面している問題以外のものに目がうつらないようにするための生理現象なのかもしれない。

ここを読まれている方には、そのような負荷が高い状況で感受性が下がるという現象は起きないだろうか?

納期やかなり難しい調整等、追い込まれた状況で感受性が下がり、その状態でいろいろな配慮が必要な仕事が出てきたら、少し後回しにしたり、他人に任せたりできないだろうか。

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