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弘法大師は、実は筆を選んだ -道具への拘りの大切さと、道具への偏重の罠

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プロフェッショナルは皆道具に徹底的に拘っています。最高の作品を残すからには、そのための道具に拘るのは当然のことでしょう。

一方で、「弘法は筆を選ばず」という言葉があります。

そこで、こんな意見が出てくるかもしれません。

「弘法大師は道具を選ばなかった。従って、プロフェッショナルが道具に拘るのは当然、というのは必ずしも正しくないのではないか?」

実は、この言葉の真の意味は、弘法大師のような達人であれば、筆の良し悪しは関係なく、どんな筆でも傑作が書ける、ということのようです。

つまり、「一流の人間は道具に拘らない」という意味ではなく、「一流の人間は、一流の道具でなくても、一流の仕事が出来る能力を持っている」ということです。

例えば写真の世界でも、天才アラーキーのようにコニカビッグミニで軽快に作品を撮り続ける人もいますし、加納典明のように、レンズ付きフィルムでノーファインダーでバシャバシャ3枚撮影して全て傑作という人もいます。⇒詳しくはこちら
 

一方で、実際には、弘法大師は書体によって筆を使い分けたと言われます。

事実、一流と言われる人は、道具に徹底して拘っている方が多いようです。

例えば、ピアノの巨匠・リヒテルは、当時世界的には無名だった日本のヤマハを好みました。プロジェクトXでも紹介されたので、ご存知の方も多いかもしれません。

実際には、多くのクラシック・ピアニストは、よい音が出る「スタインウェイ」という会社が作ったピアノを好みます。

しかしリヒテルは、ヤマハの弱音の美しさ、音楽的感度の高さが、彼の音楽に合っていることを評価したと言われます。

また、素晴らしい調律師(技術者)達がいるため、リヒテルは、ヤマハの調律師達に、調律だけでなく、照明、椅子の高さ、ピアノの位置まで任せたそうです。

気難しいことでも有名だったリヒテルは、自分が最高の演奏をするための手段としてヤマハを選びました。

 

道具に拘るもう一つのメリットは、最高の道具を使うことで、「本当はもっといい道具を使っていればもっといい結果が出せた」という自分への言い訳を封じることだと思います。

例えば、私は写真撮影には、プロ用機材を使用しています。「プロ用機材は確実に作動する」という現実的なメリットに加えて、最高の機材を使用することで「上手く撮影できないのは機材のせいではなく、自分のせいだ」という覚悟を持ちたいためです。

 

いい仕事をするために、どのような道具を使用すべきなのか、我々は真剣に考えたいですね。

一方で、道具はあくまで手段です。道具に偏重してしまう落とし穴は、「いい仕事をするため」という視点がないままに道具に拘ってしまう点にあります。道具偏重の罠には陥らないようにしたいものです。

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