なぜ、新製品が売れないのか?
私は、製品企画、製品開発、プリセールス、マーケティングを長年やってきましたが、ここで身に染みて痛感していることがあります。
「新製品は、なかなか売れない!!」
新製品をいかに売るか、ということについて、日刊工業新聞に毎週連載中している専修大学教授・黒瀬直宏さんの6/20の記事「いかに製品を売るか 理解と信用を勝ち取る」では、いい事例を2つ紹介しています。
---(以下、引用)---
「いかに売るか」は中小企業にとって、潜在ニーズを発見する以上に難問だ。中小企業がいくら良いものを開発しても、取引の実績がない、名前が知られていないというだけで、購入を拒否されることはよくある。
---(以上、引用)---
これは、今までになかった機能を持った新製品を市場に投入する際に、必ず発生する問題です。
特に中小企業では、大手企業が手がけていないニッチな未開拓領域(セグメント)で勝負することになりますので、新市場開発そのものも自分達で行う必要がある点に難しさがあります。
---(以下、引用)---
(ある企業が)苦労の末、開発したのが、水を電気分解して消毒水をつくるという画期的技術。化学薬品を使っていないので、手を洗うと中和して、廃水処理なしで流せる。病院やレストランで使ってもらえると思い、営業に出かけた。だが、田舎の中小企業の名刺を出しても、院長先生は会ってもくれない。
....(中略).....
実際に消毒水をつくり、ようやく信じてもらえた。こうなるまで、2-3ヶ月間。下請企業で専門の営業マンがいるわけではない。幹部社員が暇を見つけて営業に出かけるから、時間がかかってしまう。これでは、売れても年数台で、ビジネスにならない。
ボルト・ナットを生産している中小企業が、通常製品に比べ、価格は2-3倍だが、海上での保ち(錆びない)が4倍になる製品を開発した。東京湾横断道路で130万本も使用されるなど、ヒット製品になったが、すぐに売れたわけではなかった。ある大企業にセールスに行ったが、けんもほろろ、会ってもくれない。気の毒になった技術担当者がようやく会ってくれた。さまざまなデータや試験を要求されること、半年。これで採用かと思ったら、自分の一存ではどうにもならないと言われ、次に係長、課長と会わされ、それぞれ品質の証明に半年かかった。最後に採用権限を持つ技術担当部長にようやく到達。いわく「品質がよいのはわかった。でもはじめて採用したネジが原因で一基500億-1000億円もするプラントに、万が一でも事故が起きたら私のサラリーマン人生は終わりだ。オタクと心中するわけにはいかない」。結局採用されなかった。
消毒水が広まり始めたきっかけは、医学者の中から理解者が現れたことだった。 (中略) さらに、民放テレビが「魔法の水」として連続3回、放映してくれた。ここから引き合いが一気に増えた。
錆びないネジが売れはじめたきっかけは、思いあまって経営者がアメリカへ飛び、有名石油会社の推奨ベンダーになれたことだった。これで信用が付き、日本国内での顧客獲得につながった。
---(以上、引用)---
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ここで何が起こっているのかは、テクノロジー・ライフ・サイクルで考えるとわかりやすいと思います。
テクノロジー・ライフ・サイクルとは、製品が世の中に普及する際に採用する人の順番を考えたものです。
最初に、技術に飛びつく人が採用します。この人達は「テクノロジー・マニア」と呼ばれます。
次に、この技術を活用して、他者と差別化を図ろうとする人達がいます。この人達は「ビジョナリー」と呼ばれます。
次に、技術が世の中に普及し、使っている人がある一定の比率を超えると、リスクを慎重に評価した上で現実の問題を解決するためにその技術を採用する人達がいます。この人達は「実利主義者」と呼ばれます。
次に、世の中にかなり普及した段階で、安心して購入を検討する人達もいます。この人達は、「後期採用者」(又は保守主義者)と呼ばれます。
技術が普及する際には、この順番で採用されます。
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ここで注意すべき点は、ビジョナリーと実利主義者は行動パターンが正反対である点です。
ビジョナリーは、リスクを進んで取り、他者がやっていないことをやることに価値を見出します。例えば、誰も使っていない技術を活用して差別化を図ろうとします。
一方の実利主義者は、現実的で、他者の成功を参考にし、リスクを管理することに価値を見出します。従って、実装済みの技術を活用していきます。
このように考えると、引用した二つの事例では、最初にビジョナリーではなく、実利主義者(または後期採用者)にアプローチしてしまった、ということがよく分かります。
消毒水の場合、最初のお客様である病院では2-3ヶ月かけて効果を検証しましたし、錆びないネジに至っては、見込み客であった大企業は1年以上かけて部長決済まで行った結果、却下されてしまいました。
これらの人々は、いかに革新的な製品であることを説明しても、誰かが実際に使用して効果が実証されていないものにはなかなか投資しない人達です。
従って、膨大な販売努力をしていたにも関わらず、なかなか売れない、という結果になります。
一方で、引用記事の後半で出てきた、消毒水に理解を示す医学者は、ビジョナリーである可能性があります。テレビ番組で連続3回放映したことで、実利主義者のリスクに対する警戒心が解けたのも大きな材料でした。実利主義者は、先行するビジョナリーの判断に従うからです。
錆びないネジを採用した有名石油会社も、恐らくビジョナリーなのではないでしょうか?このビジョナリーである石油会社が採用したことで、多くの実利主義者が採用を始めた、ということのようです。
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従って、新製品の営業活動を行う場合、最初にどの見込み客にアプローチするかは、非常に大切な戦略です。
最初に注意深くターゲットを絞り、テクノロジー・マニアまたはビジョナリーに対してアプローチし、そこで効果を検証して事例を作ります。
そこで得られた成果に基づいて、セールス・シナリオや様々な顧客事例集をパンフレット等にまとめ、それらの材料を活用して、次に実利主義者にアプローチすることになります。
製品成功のカギは、実利主義者が採用することです。
それは実利主義者と後期採用者の市場規模が、ビジョナリーの市場規模と比べてはるかに大きいことと、実利主義者が採用すれば時間経過に伴って後期採用者も採用することが理由です。
しかしながら、ビジョナリーから実利主義者に浸透する際には、「キャズム」と呼ばれる大きな谷があります。この谷を越えない限り本格的普及には至りません。
例えば、写真の世界で言えば、20年程前に出たコダックのディスクカメラや、最近のAPSフィルム等は、キャズムを越えられず実利主義者が採用しなかったために普及できなかった例です。ITの世界でも、色々とありますね。
事例で紹介されているケースでは、経営資源が少ない中小企業だからこそ、このようなマーケティング理論を実際の日々の営業活動に適用し、活用することが非常に大切になってくるのではないか、と思います。