非常に怖いバリュー・プロポジションの誤解
以前、こちらのエントリーでバリュー・プロポジションの考え方についてご紹介しました。
特に法人営業ではバリュー・プロポジションは極めて重要です。バリュー・プロポジションを誤解すると、ビジネス上の必死な努力が無駄になりかねません。
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Harvard Business Review 2006年10月号で「最強の営業力」という特集を組んでいますが、この中の論文「法人営業は提案力で決まる - バリュー・プロポジションへの共感を促す」で、この点について非常に的確に指摘した事例が出ていましたのでご紹介します。
*** 以下、HBR 2006/10 p.120から引用 ****
- ある特殊樹脂メーカーの事例。価格は少々割高だが、厳しい環境基準を満たし、かつ高い性能を維持した新しい化学樹脂を開発
- しかし試用した塗料メーカーの反応は意外にも冷ややか。規制で求められない限り、塗料の種類を変えることはないという。
- 盲点を突かれた樹脂メーカーは顧客価値調査に乗り出した。建築塗装業者にフォーカス・グループや実地試験を実施し、データを収集した。
- この結果、バリュー・プロポジションに関するヒントをいくつか得た。特に注目すべきは、塗料が塗装業者のコストに占める割合はわずか15%だったこと。かたや人件費はコストの大半を占めていた。
- そこで、塗料によって塗装業者の生産性が向上する、例えば乾燥時間が短く、8時間で二度塗りできるならば、割高でも売れるだろうという(仮説を立てた)
- また、顧客ニーズをくまなく調べて見直した結果、環境基準は重要とはいえ、コアとなるものではなかった
- 新しいバリュー・プロポジションは「この新しい化学樹脂を用いた建築塗料は塗膜が厚い。また一日に二度塗りできるため、生産性が高い。なおかつ、環境基準も満たしている」
- このバリュー・プロポジションは塗装業者の反響を呼び、価格を標準的な製品の4割増しに設定できた。
****以上、引用*****
想定していたバリュー・プロポジションと実際のバリュー・プロポジションのミスマッチは、特に市場が大きく変わっている場合に起こり易いものです。お客様のニーズが大きく変わっているからです。
特に、近年の様々な市場でコモディティ化の流れが進展しています。クレイトン・クリステンセンが「イノベーションのジレンマ」で指摘していた「破壊的技術」も様々な分野で起こっています。
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このような場合、数年前までのバリュー・プロポジションを想定してマーケティングを実施しても、全く成果が上がらないばかりか、逆に市場にネガティブ・イメージを与えることになりかねません。
一方でベンダー側では、「これだけ製品力があるのにおかしい。努力が足りないせいだ」と考え、さらに努力を重ねることになります。
実際にセールスがお客様に会って説明すると、お客様は納得される場合もあります。しかし実際に起こっていることは、当初想定していたバリュー・プロポジションをベンダー側がじっくり説明しているうちに、お客様ご自身がベンダーのメッセージを自分の価値に翻訳していることだったりします。
しかしながらこれを以って、「このようなメッセージ(=当初想定していたバリュー・プロポジション)を受け入れるお客様は他にも沢山いる筈。我々の努力が不足しているのだ」と考え、当初想定していたバリュー・プロポジションは変えずに、さらに努力を重ねることも、往々にして発生します。
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マーケティングに際しては、バリュー・プロポジションがいかに分かり易くお客様に受け容れられるかがカギなので、もし当初想定していたバリュー・プロポジションが受け容れられない場合は、再度見直しを行う必要があります。
引用の中で述べられている「フォーカス・グループ」とは、そのようなアプローチの一つです。バリュー・プロポジションがお客様にどのように受け止められるか、実際に何組かのユーザーに集まっていただき、実際にインタビューを実施するものです。
ここでは、予め立てておいた複数の仮説シナリオ(=バリュー・プロポジション)を、実際のユーザーを対象に検証することで、より効果的なバリュー・プロポジションを見つけ、検証していくことになります。
企業の製品プロモーションにかける多大なワークロードが見返りあるものかどうかを決める際に、当初のバリュー・プロポジションが妥当性が与える影響は非常に大きいものがあります。
ある程度の手間は惜しまずに、じっくり考えていきたいものです。