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カメラ業界の大激震

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マミヤ・オービーがカメラ事業から撤退というニュースがありました。

私はMamiya New 6という中判カメラを使っていて、マミヤの丁寧な製品作りは好きでした。最近はMamiya ZDという6×4.5判サイズのCCD搭載のデジカメも投入していて注目していました。

昨年から、カメラ業界は大激震が続いています。

  • 2005年5月、フィルム大手のAgfaPhoto(ドイツ)が破産
    カメラ量販店でカラーフィルム10本パックを安売りしていましたのでよく使いました。日本では安売りイメージが強いのですが、実はヨーロッパ調の独特の色合いが何ともいえない味わいでした。
  • 京セラ、コンタックスブランド・カメラの出荷を2005年9月に終了
    ツァイスレンズは解像度で勝負するレンズではなく、立体感を表現できるレンズでした。コンタックスと言えば、写真家・故 林忠彦先生のCMも印象的でした。学生時代、コンタックス・ギャラリーで林忠彦先生の写真展を見にいきましたが、林先生が全倍プリントを前に嬉しそうに「このプリント、35mmで撮ったと思えないだろ。大判並だよなぁ。やっぱりツァイスはいいよ」と言っていたのを思い出します。
  • タムロン、1998年に買収したブロニカ・ブランドの中判カメラ事業から2005年10月撤退
    中判6x6サイズのブロニカSQAは、大学4年の卒業アルバム編集長の時に、研究室や学生団体の集合写真撮影で多用したカメラです。いつも三脚に付けてキャンパスを歩いていて、卒業式の時には一部の同級生から「あれ、写真屋さんじゃなかったの?」と言われました。写真屋が本業と思われていたようです。(^^;  それはともかく、ロングセラーの銘機でしたね。
  • 2006年1月、ニコン、銀塩カメラ大幅縮小を発表
    同じく卒業アルバム編集長時代、卒業アルバムのスナップはNikon FとF3で撮りました。これも寂しいですね。F6とFM10は当面残すそうですが、....。
  • ミノルタとコニカ合併⇒2006年3月、カメラ事業をソニーに移管
    Minolta CLEという、ライカマウントのレンジファインダーカメラは、小型にも関わらずすごくよく写りました。海外旅行にはいつもメインの一眼レフカメラが故障した際のバックアップ用に持って行き、色々と作品を撮りました。そう言えば、コニカ・ビックミニも、パーティ写真を撮るためによく使いました。

どれも、ユーザーとして思い出深いカメラばかりです。

考えてみれば、私はカメラユーザーとして保守的でした。いわゆる「破壊的イノベーション」であるデジカメを買ったのは3年前で、それまでは銀塩フィルムのカメラを使い続けていました。

恐らくカメラメーカー各社にとって、私のようなユーザーは、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」で描かれた、典型的な保守的顧客群だったのでしょうね。

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