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シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

ITが銀行経営の根幹に

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 シリコンバレー銀行(SVB)は、シリコンバレーに根ざした銀行だ。シリコンバレーは、ベンチャー企業の創造・成長とそれを支えるベンチャー・キャピタル(VC)のメッカとして知られる。SVBの銀行としての規模は中堅だが、シリコンバレーのVCの実に90%以上と取引しているという。さらに、80%以上の地元ベンチャー企業がSVBに口座を持つ。

 SVBは、金融とテクノロジーを融合させたフィンテックとの関わりが活発だ。自社の変革をフィンテックをテコに進めようという意思がある。スクエア(簡易カード決済システム)やレンディングクラブ(ソーシャルレンディングと言われる融資仲介システム)などに以前から出資している。銀行向けAPI(異なるアプリケーションをつなぐITシステムの「継手」)の基盤システムを開発したベンチャー企業を買収している。世界各地でフィンテックをテーマにしたイベントを開催している。

 SVBによれば、今のままでは銀行の将来は明るくないという。コンプラインスの要求が厳しく、業務システムの基盤が古く、顧客に提供するサービスは銀行間で大差なく、利益が出しにくい状況なのだ。さらに最近は、ITを駆使した異業種からの侵食を受けるようになった。その流れを変えるために、SVBはフィンテックを変革のテコの中心として据えている。

 フィンテックは一過性のブームではない。ITは今までは金融システムの脇役だったが、金融サービスの中心となり、事業を先導する時代が来たのだ。この新しいITパラダイムの技術やサービスを総称してフィンテックと呼ぶ。フィンテックは時代の流れから自然に出てきたものだ。

 インターネット、ブロードバンド、クラウド、ビッグデータなどのインフラが整備された。スマートフォンなどのモバイル機器の普及により、すべての顧客がコンピュータと一体となり、個々のユーザーがクラウドにつながった。さらに、AI技術やブロックチェーンが加わり、安全要求の高い金融システムをITが主導する条件が整ってきた。

 今までのITの役割は業務のオンライン化や効率化など、主に決まった業務プロセスをシステム化することだった。銀行の経営陣から降りてきた要求をシステム部門が受け、外部のIT企業がそれを受注する仕組みが取られてきた。

 次の時代はフィンテックが経営そのものの根幹となっていく。フィンテックの特徴は「業務中心」から「顧客中心」へのパラダイム転換だ。個々の業務窓口に顧客が出かけていってやっと目的が達成されるような現在の金融サービスから、スマホ画面にあるたったひとつの窓口で金融サービスも含めたすべてのサービスが実行できる世界に向かっていく。

 顧客が一旦手にした利便性は絶対に後戻りしない。これは法人顧客も同じだ。融資の検討をしてくれるだけでもありがたいと思ってきた中小企業は、融資の審査に何ヶ月もかかるのは仕方ないと諦めていた。しかし、フィンテックベンチャーでは、数日で答えを出してくる。すでに銀行業界の周辺で始まっているフィンテックによる顧客サービスに慣れた顧客は、既存の銀行にも同様の顧客サービスを求めてくるだろう。大手金融機関である米キャピタルワンやスペインの銀行であるBBVAがユーザー体験(UX)を設計するデザイン会社を買収したことは偶然ではない。

 新しいITパラダイムとして、フィンテックは銀行の経営そのものを変えていく。ITとフィンテックに明るい経営幹部の登用やIT部門の意識改革などが必要となってくる。ITはもはや「理科系」のものではなく、すべての経営者の必修科目となるであろう。

 「フィンテック」の言葉が大やはりした去年はハイプ(Hype:一時の熱狂) のフェーズであった。2017年は、ハイプの時期を越えて本当の事業変革・事業革新への取り組みの元年になるであろう。顧客中心のパラダイムをもたらす経営の根幹として、フィンテックがCTOやCIOのみならずCEOの中心課題となることは間違いない。

(2016年8月2日 日経産業新聞掲載に加筆・修正)

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