コミュニティーへの貢献がシリコンバレーのバックボーンにある
去年の4月30日に安倍総理大臣がサンフランシスコ・シリコンバレーを現職総理大臣として初めて訪れた。主目的はイノベーションの振興に資するための視察であり、現地の日本人や日本に関係の深い実業家などが政治的な志向に関係なく熱狂的に総理を迎えた。サンフランシスコ市内のホテルで晩餐会が催され、推定200人ほどの現地在住者が招待された。私以外にも現地の知人、友人が多く招待されていたが、その共通点に気がついた。それは、自分の仕事としてではなく、コミュニティに貢献する活動をしている人たちということだ。自分の仕事や経験を生かしながら、直接の利益に関係なくボランティア活動を続けている。例えば、若い起業家へ助言し、日本からの訪問者を受け入れアドバイスし、日米の架け橋として現地のアメリカ人との交流イベントを催したりしている。
総理歓迎晩餐会の司会は、現地で女性起業家を育成する活動をされている日本女性の方だった。彼女もまた、自分の起業経験を元にベンチャー・コミュニティに貢献したいという気持ちで活動している人物だ。また、翌日の総理との朝食会を企画し、シリコンバレーでベンチャー企業を立ち上げている日本人を招いたのも、普段から惜しみなくコミュニティに貢献しようとする日本人ビジネスマンだ。彼は、自分自身がベンチャー企業を立ち上げた時に日本人同士の交流がなかったことから、シリコンバレーでの日本人起業家交流ネットワークを立ち上げ、最初の1年は専任で頑張った人物だ。今では、シリコンバレーの日本人コミュニティで中心的な存在となっている。
生き馬の目を抜くような厳しいシリコンバレーで生き抜く人たちは、実はコミュニティに協力することで、逆にコミュニティの一員として助けられている。アメリカ人の私の仲間が始めたベンチャー・キャピタル(VC)は、現在アメリカの最も先端を行くネット系の起業家や投資家と広いネットワークを持っている。このVCの中心的人物はビッグデータの専門家だったのだが、ビッグデータの黎明期に多くのネット系の起業家たちに惜しみなく専門知識を提供してアドバイスしたことにより絶大な信頼を得た。
シリコンバレーは元々互助の精神が旺盛な土地柄だ。インターネットの普及が始まったばかりのころ、ボランティアが集まりスマートバレー公社が設立された。ブロードバンドネットワークの整備を促し、地域の産業振興や生活向上を目指した。例えば、シリコンバレーのエンジニアと協力し、小中学校を週末に訪れ、ブロードバンド配線の活動を展開した。
そんな中、「シリコンバレーは暮らしにくく非人間的な場所である。会社は簡単にクビになり、残業手当などの類は皆無。そんなリスクの高いところに行くのはおよしなさい。」と大人に諭されたという日本の高校生の投稿がネットで話題になった。それに対して、シリコンバレーでエンジニアとして頑張っている若い日本人がこう答えた。「確かにシリコンバレーには問題点も多く、働いていてうんざりするようなこともありますが、それでも『コミュニティに貢献したい』という人にとっては素晴らしい環境です。・・・ボランティア精神の豊富な技術者が、世界で一番輝いて、かつ幸せに暮らせているのはシリコンバレーだと断言していいでしょう。」こんなことを断言できる若者が一体どのくらいいるだろうか?
実は、このようにボランティア精神で助けあうコミュニティが日本にもある。それは農業だ。地域で農機を共用し、ノウハウを共有し、農繁期には応援に出かける。それを仕組みにしたのが農協の由来だ。商工業分野では、ほとんどのコミュニティが企業という壁の中に閉じ込められてしまった。オープンイノベーションもまずはオープンコミュニティから始まる。組織の壁を越えてダイナミックなコミュニティを作ろうではないか。
(日経産業新聞 2015.6.2)