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シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

性善説が革新・イノベーションを生む

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 世界中の起業家、イノベーターが集まり絶え間なくイノベーションが起こるシリコンバレーから学ぶことは多い。シリコンバレーに注目する日本企業が増えたのはいいことだ。しかし、日本企業がシリコンバレーから学んで果敢にイノベーションに挑戦し始めた、という話はあまり聞かない。

 そんな中、二組の日本のビジネスマンのいい話を聞いた。

 日本の有力企業に中途採用されたこのビジネスマンは、「事業開発」という曖昧な役割しか与えられてなかったが、社内で知り合った仲間とペアを組んで新規事業立ち上げを目指している。シリコンバレーへの出張を繰り返し、1年足らずで2つの事業機会を見出した。シリコンバレーを通して市場のトレンドを掴み、魅力ある事業アイデアを見出しただけでなく、自社の強みを活かせるシナリオを描いた。社内でプレゼンテーションしたところ好評で、社長の目にも止まったという。現在、日本での事業展開に向けてシリコンバレーのベンチャー企業と交渉を始めている。

 もうひとつの例は、日本の技術系中堅企業の社員のペアだ。この会社はあるハードウェアの高度な技術を持っており、世界のメーカーに部品を供給している。事業は今まで堅調だが、供給先の最終製品の成長は頭打ちが予想されている。そこで、この社員二人はシリコンバレーで次の市場を探索するプロジェクトを提案した。許可をもらった二人は、出張ベースでシリコンバレーに長期滞在し、夢中で事業機会を求めて走り回っている。折からシリコンバレーでは、IoT("Internet of Things":モノのインターネット)という新たなトレンドが興隆しており、この会社のハードウェア技術がベンチャー企業の製品開発で広く利用される可能性を見出した。この二人は、シリコンバレーでの本格展開を目指して当地に拠点を置くべく東奔西走している。

 この二組のペアの共通点は、当人自身の情熱と経営幹部からの信頼だ。ベンチャー企業に限らず既存企業内であっても、新しい事業を開拓するには、そこに関わる人の内から湧き出る情熱が一番大事だ。そして、その情熱を事業創造につなげるためには、経営幹部の後ろ盾が必須だ。そこには上司が部下を信頼して任せる度量がいる。高度成長期の日本企業にはこのような腹の据わった上司がいて、部下が縦横無尽に活躍した。

 ある家庭用品メーカーのトップだった私の知人は、30歳代の時に会社から全権委任されて単身米国に渡り、当時米国最強の小売チェーンだったシアーズローバック社を訪問して全米での販売提携をまとめた。本社との連絡はテレックスによる簡単な通信しかなかったので、ほとんど自分で判断したそうだ。この提携により米国への輸出が本格化し、企業発展の礎となった。この根底にあるのは、「人を信じて任せる」ことだ。上述の2社のペアの場合も、会社がこの人たちを信じ、未来を託しているからこそ本人たちが情熱を持ってイノベーションに邁進できる。

 翻って最近の日本での企業経営を見ていると、残念ながら流れは逆行しているように見える。個人を信じる「性善説」ではなく、個人を信じず組織として漏れなくリスクをチェックする「性悪説」が基本のようだ。米国から輸入されたコンプライアンスの考え方が杓子定規に適用され、事なかれ主義を蔓延させているようにさえ見える。企業に失敗があると、メディアなどが企業を叩き、社員の人格までも徹底的に打ち砕く。だから、そのような制裁を恐れる企業は、コンプライアンスプロセスを過剰に進め、自己防衛に多大な労力を費やすようになる。

 このような現状は、日本のイノベーション振興には好ましくない。私が最近出会った情熱企業人のように、思う存分イノベーションにチャレンジできる社会にできないか。人を信じ、人に託す、「性善説」の社会にしたいものだ。

(日経産業新聞 2015.3.27)

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