破壊的イノベーションを進めるVC
米ウーバー社が、総額18億ドル(約2,100億円)もの大型資金調達を敢行した。資金調達は、ベンチャーキャピタル(VC)が核となって投資会社や事業会社の出資により行われた。2009年にサンフランシスコで創業したばかりのこのベンチャー企業は、スマートフォンでリムジンやタクシーを簡単に利用できるサービスを開発し、今では世界37カ国、130都市にサービスを展開している。このサービスは、既存のタクシー業界を根本から覆す「破壊的イノベーション」であるため、各地で軋轢を生んでおり批判も多い。インドでは、運転手が乗客に性的暴力を加えたとしてウーバーをやり玉に挙げている。ドイツでは、規制に反するとしてウーバーの運行を停止するよう求めている。これだけ産業界や行政からの反発があるのに、何故VCは2,100億円もの巨額の資金調達が可能なのか?これは、既存産業界からの抵抗に対して真っ向から勝負しろ、とのVCからの意思表示なのだ。個々の係争事例はともかく、大きく見れば、これらの破壊的イノベーションに対する既存業界からの抵抗との確執を通り抜けて、新たな事業パラダイムが形成されていく過程だとも言える。
そこに、破壊的イノベーションのための「装置」として、シリコンバレーを中心に発展したVCの真骨頂がある。ウーバーに出資したVCのひとつはクライナー・パーキンス・コーフィールド&パイヤーズ(KPCB)という有力VC(最新ファンドは14億ドル規模)で、アマゾン、グーグルなど、新しい産業パラダイムを築いた破壊的イノベーターのベンチャー企業を育成してきた。KPCBは、ウーバーに早い時期から出資をして世界展開を後押ししている。ウーバーの各地での係争は成長のプロセスと見ているようだ。
一方、日本にはKPCBのようなVCは存在しない。日本でVCと呼ばれている投資機関は未公開株投資業に近く、実は業種が違うのに、同じ「VC」という呼び名を使ってしまったことにより大きな誤解を生じてしまった。未公開株投資事業では、成長意欲のある中小企業に出資し、ある程度成長すると上場させて保有株の売却益により収益を得る。上場時の企業価値は100億円以下のことが多い。いち早く成長させるために、破壊的イノベーションを目指すよりも既存産業に組み込まれて自分の居場所を見つけることが中心戦略となる。既存産業に食べさせて貰うわけだから、もともと破壊的イノベーションとは相容れない。これは、中小企業を強くして底上げをする、という社会的な役割を担う立派な支援事業である。
しかし、破壊的イノベーションを進めるには、既存の「VC」にその役割を求めるのには無理がある。まったく違うタイプのシリコンバレー型VCを育成する必要がある。
アメリカのVCに資金提供するのは主に年金ファンドや大学の基金だ。その巨大な資金の数%をハイリスク/ハイリターン型の資金運用としてVCに配分する。VCへの投資家は、破壊的イノベーションに対する思い入れがあるわけではなく、破壊的イノベーションを起こすベンチャーへの投資はリスクも大きいが巨大なリターンを生む可能性のある投資手法だと認識している。その時のリスク/リターンを最適化する鍵はVCを運営する個人(ジェネラルパートナー:GP )だと考えている。一旦GPを選んだら、運用には口を出さない。一方、GPは、VCの運営が始まったら破壊的イノベーションを進めるベンチャー投資・育成に邁進する。だから、既存業界に対するお行儀を気にすることもない。
日本では、年金ファンドのポートフォリオ運用は未成熟だし大学の基金もないので、破壊的イノベーション推進を支援するシリコンバレー型VCを創成するには工夫が必要だ。国や自治体に頼ることなく、金融機関、事業会社、外資などの民間の総力を結集して作れないものだろうか。
(日経産業新聞 2015.1.6)