クルマのハッカソンで知った運転の楽しさ
先日(2014年9月)、シリコンバレー郊外にある世界的に有名な自動車レース場「ラグーナ・セカ」で超高速運転を体験した。プロドライバーの指導でスポーツカーを実際に運転し、今まで知らなかった異次元の運転の楽しさを体現した。驚いたのは、「乱暴にスピードを出すカーレース」のイメージとは全く違うということだ。カーブの多いレース場でいいタイムを出すには、加速・減速・ターンの基本操作をスムーズに行い、車が一番安定するコース取りとすることが重要なのだ。その基本を少し学ぶだけで、私のようなアマチュアドライバーでも異次元の運転の楽しさを味わうことができた。この体験は、普段の安全運転にも大いに役立ちそうだ。これには目から鱗が落ちる思いであった。
昨今、車の運転そのものを楽しいと思わないユーザーが若者も含めて増えているというが、運転の新しい楽しさを追求する必要があるのではないか。
今、自動車業界を取り巻く環境は、自動車を持たなくてもいい方向に向かっている。例えば、スマートフォンのアプリでリムジンをタクシー感覚で呼べるウーバーは、急速にユーザーを獲得し、今やサービスは世界130カ所に広がっている。規制で管理・保護されている各地域のタクシー業界との軋轢ばかりが何かと話題になっているが、実はウーバーの本当の競合相手は自動車業界だろう。ウーバーは新しい交通手段としてユーザーに受け入れられ、世界に冠たる車社会であるアメリカでも大都会では「ウーバーがあるからもう車はいらない」という若者が増えている。サンフランシスコとシリコンバレーの間を縦断する鉄道、カルトレインは、かつては車を持てない貧困層の人たちが利用する交通手段だったが、今ではパソコンを抱えたエンジニアなどが多く利用している。市内ではウーバーを利用し、車が必要な時にはジップカーのようなカーシェアリングサービスを利用すればよい。ジップカーのサービスはレンタカーに近いが、料金が1時間単位で安く、身近な駐車場から予約もなしに利用できる、などの利点がある。このように車を持たなくても生活できる環境が作られつつある。
車関連のベンチャー企業の動きに呼応して、自動車メーカーも重い腰を上げようとしている。新しいサービスの取り込みを狙い、オープン環境で新サービスのアイデアと開発を競う「ハッカソン」(=ハック+マラソン)が行われるようになった。フォード、GM、BMWなどに続き、日本メーカーではホンダとトヨタのシリコンバレー研究拠点がハッカソンを開催している。しかし、これらのハッカソンでは、あらかじめ決められたデータを提供してアプリケーションを開発してもらうもので、車の運転そのものに踏み込んだものは行われていない。安全に対する高度な要求と厳しい規制の中で、車の運転そのものに関わる実験を外部開発者とオープンに行うハッカソンはハードルが高いからだ。しかし、若者の車離れが進む中で、新しい形の「運転を楽しむ」価値提供を考えるハッカソンがあってもいいのではないか。
そんな中、運転の楽しさに正面から向き合い、車の運転データをリアルタイムに提供するハッカソンが近々シリコンバレーで開かれる。ハッカソン当日には、実際にスポーツカーを走らせてアプリを動かすことができる。トヨタ本社が2年越しで準備してきたのだが、一番のハードルは車の運転そのものを扱うことだったという。
このハッカソンをきっかけに、新しい運転の楽しさを生み出すアイデアやアプローチの創造が進んで欲しい。近い将来、安全装置付きの「超高速運転指導システム」を装備したスポーツカーでラグーナ・セカを疾走する自分が見られるかもしれない。
(日経産業新聞 11/25/2014)