シリコンバレーのハック文化がクルマを変える
私のオフィスはシリコンバレーの中でも著名なVCが集まるサンドヒルロードという通り沿いにある。この通り沿いのVCの投資額を合せるだけで日本全体のVC投資額の2−3倍はある。ここがこれからの世界の自動車業界変革の震源地だ、と言ったら驚くだろうか。
サンドヒルロードでは、高級電気自動車「テスラ」を一日に何十台も見かける。このベンチャー企業を立ち上げたイーロン・マスクはオンライン決済サービス「ペイパル」を育てた人物で自動車会社とは何の関係もない部外者だ。
フェリックス・クレイマーというネット分野の起業家は、自身で創業した非営利団体を通じて充電可能なプラグインハイブリッド車(PHV)の開発を自動車メーカーに訴えていた。トヨタの2代目プリウス発売と同時にそれをハック(勝手に改造)したPHVを発表。ボディーに特大の文字で「100+ MPG」(燃費100マイル/ガロン以上)と書かれたデモ車を私に見せて、その意義を熱く語っていたのが印象的だ。その後、ブッシュ大統領が2006年の一般教書演説でPHVに言及したのはこの試作車が元になっている。
電気自動車のような車そのものの進化だけでなく、自動運転や車内でのエンターテインメントやコミュニケーションなど多くのイノベーションが起こる兆しがある。今年(2014年)1月にラスベガスで開催された世界最大の家電見本市CESでの目玉のひとつが自動車だったのは象徴的だった。車を中心としていろいろな部品メーカーが製品を提供する従来の図式から、スマートフォンやクラウドサービスなどのITを中心としてその利用シーンのひとつとして車があるという主客逆転した図式に変化しつつある。IT企業から見ると車はひとつの「端末デバイス」なのだ。アップルは「カープレイ」と呼ばれる車内ディスプレー用のiOSを提案し、ホンダやベンツなど11社の大手自動車メーカーが参加を表明。一方、グーグルはOAA(オープン・オートモーティブ・アライアンス)というアンドロイドをベースとした情報プラットフォームを標榜し、アウディなど5社が参加を発表している。
このように、これから自動車業界の変革を推進するのは実は自動車メーカーとは関係なかった部外者たちだ。シリコンバレーが今後の台風の目となることは間違いない。
さらに、シリコンバレーでは自動車業界には見えない水面下の動きがたくさんある。多くの部外者が自動車関連の新たな製品やサービスの創造に向かっている。例えば、OBDと言われる車の自己診断情報ポートから運転履歴などのデータを取り込み、ドライバー向けのアプリケーテョンを作ろうという動きがある。オートマチックというベンチャー企業では、車の故障を予測するようなアプリケーションを開発している。これはまだ氷山の一角で、同様のベンチャーは現在既に100社以上水面下で活動していると思われる。このように、イノベーションは自動車業界の部外者により、最初は胡散臭いものから始まる。
携帯電話が垂直統合されていた頃は、新サービスの導入では携帯キャリアの指導が必要だった。それがスマートフォンというオープンな仕組みに代わると、キャリアに関係なくアプリケーションを展開できるようになった。最近フェースブックが破格の190億ドルで買収したワッツアップは「勝手に」作ったメッセージングアプリだ。私が育成したあるベンチャーはワッツアップと同じサービスを開発したが、創業当時はスマホがなく携帯キャリアの牛歩のペースで体力を消耗し飛躍できなかった。「勝手に」事業展開できていれば、今頃フェースブックに買収されていたかもしれない。
自動車業界でも同様のことが起こるだろう。自動車メーカーと行儀よく協業しようという企業ばかりでなく、勝手に自動車をハックするようなベンチャーの世界があることを知るべきだ。
(日経産業新聞 2014/3/25)