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シリコンバレーのサムライ・ウルフが、イノベーションについてつぶやきます。(時々吠えることもあります。)

今こそ注目すべきシリコンバレー・エコシステム

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日本マーケティング協会の会員向け月刊誌「マーケティングホライズン」に寄稿しましたので、転載します。(編集委員の本荘修二さん、ありがとうございます。)

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イノベーションのメッカとして知られる「シリコンバレー」は、ヒューレット・パッカード、インテル、オラクル、セールス・フォース、アップル、ヤフー、グーグル、フェイスブックなど、綺羅星のごとくの世界企業を輩出した。シリコンバレーがこれほどイノベーションの中心であり続ける鍵はそのエコシステムにある。

シリコンバレーはサンフランシスコ近郊の左右を山と湾で囲まれた狭い地域で、ここにベンチャー企業、投資家、専門家(弁護士や会計士など)、大学、非営利団体、大企業のラボ、などが密集している。ベンチャー企業が急成長して上場したり大企業に買収されることにより、成功者には大きな利益がもたらされ、同様に成功を夢見る起業家が次々と現れる。買収により大企業で活躍するようになった事業家は、さらにベンチャー企業買収の活動を加速させる。ベンチャー企業の成功が多いために、ベンチャー指向の学生が増え、大学もそのようなキャリアを推奨する。一方、ベンチャー企業が立ち上がらず失敗しても、それを経験した人はすぐに新たに仕事が見つかる。「失敗してもチャレンジした方が道は開ける」と思うから、大学や企業から新しい事業にチャレンジする人が次々と現れる。成功の出口(上場や買収)が見えているから、投資家も積極的にチャレンジャーに投資する。投資リターンが大きいから、金融機関からの資金がさらに流入し潤沢な資金を持つベンチャー・キャピタル(VC)が栄える。ベンチャーが成功することによって、そこに関わる人たちも恩恵を受けることが明確に見えているので、それぞれの知恵が惜しみなく共有される。このように、シリコンバレーは、人・知恵・金の流れの循環が出来上がっている。

シリコンバレーには世界中の大企業や官庁が視察に来る。「鍵は強力なVCだ」「スタンフォード大学を中心とした産学協同だ」などと理解して本国でそれを応用しようとする。しかし、部分だけ見てもうまくいかない。VCがあるからベンチャーが興隆するのか、ベンチャー創業が盛んだからVCが発達したのか?スタンフォード大学が産学協同を進めたからベンチャーが育ったのか、ベンチャー興隆に対応してスタンフォードが門戸を開いたのか?エコシステムは一元的、人工的に誰かがトップダウンで築いたものではなく、自然発生的に循環が発展したものだ。サンノゼ市はそもそもベンチャー企業にはまったく無関心で、行政が急成長企業の足を引っ張ることは稀ではなかった。シリコンバレーが世界的に有名になってからサンノゼ市は「わが市こそシリコンバレーの中心」と言いだしたのだ。このように「循環」が起きているエコシステムでは、原因と結果を混同し易い。

もうひとつ見落としてはならないことがある。エコシステムが有効に働く根本的な要素は、そこに集う人々のマインドにある、ということだ。机上で組織図を書き、地域のエコシステムの絵を描いても魂が入っていなければ、「人・知恵・金」のサイクルは回らない。例えば、VCは為政者や金融機関がそのような仕組みを作ろうとして出来上がったのではない。既存の投資家が見向きもしなかったリスクの高い事業創造への資金提供を敢えて行ったのは個人だった。インテルに投資したアーサー・ロック、アプライド・マテリアルズに投資したジーン・クライナーとトム・パーキンスなど最初は個人の情熱で出資金を集めたのだ。(因みに、現在インテルは世界一の半導体メーカーであり、アプライド・マテリアルズは世界一の半導体製造装置メーカーである。クライナーとパーキンスは後に世界一のVCを築いた。)このようにリスクを負って道を拓いたのは一流企業や行政ではなく個人であることを忘れてはならない。

私が最近創業に関わったブルペン・キャピタルは、ポール・マーティノ、ダンカン・デイビッドソン、リチャード・メルモンというそれぞれシリコンバレーのエコシステムの中枢にいる3人により創業された。メルモンは、インテルやアップルの黎明期に関わりその後エレクトロニック・アーツを共同創業したシリコンバレーの重鎮であり、デイビッドソンは経営コンサルタントを経てベンチャー創業し2つの大成功を収めている。マーティノはソーシャルネットワーク分野の草分けであり、2つのベンチャー創業を通じて、数々の人的ネットワークを築いた。そのネットワークの仲間たちが、現在のソーシャルネットワーク系、インターネット系、スマートフォン系の新しい市場創造の中心にいる。このようにエコシステムの3世代のインサイダー同士が組んで新たなVCを作るダイナミズムはシリコンバレーならではの特徴である。そこには先輩も後輩もない。私の会社には裏庭がありよくバーベキューパーティを開く。そこに集う情熱を持った人々が縦横につながり、果敢に新しい事業にチャレンジしていく。多くの「普通」のビジネスマン、技術者が今ではエコシステムのインサイダーとして大きな影響力を持つ人物に育っている。誰でもエコシステムのインサイダーになり得る、という感覚はみんなの情熱をさらに高めるのだ。

さらに、最近シリコンバレーでは多くの「コア・ワーキング・スペース」「シェアード・オフィス」と呼ばれる起業家の共同オフィスが多く誕生している。これらはすべて民間、しかも多くの場合個人によって運営されている。大部屋に机をならべて、起業家やベンチャー企業の社員が仕事をしている。隣はまったく別のベンチャー企業だ。事業計画を白板に書いていたら、隣の起業家が口をはさんできた、という光景は日常茶飯事だ。頻繁に外から訪問者があり、マーケティングや資金調達などありとあらゆる分野でのフォーラムが行われている。シリコンバレーのエコシステムをひとつのビルの中に凝縮したような共同オフィスでは、事業創造のスピードが格段に加速化している。

このような共同オフィスを見ていると、高度成長期の日本企業の大部屋オフィスを思いだす。部門を越えて人が出入りし、成功を夢見てお互いに吸収し合おうという気概が横溢していた。コンプライアンスやコンセンサスなどというお行儀に囚われず、のびのびと事業創造に取り組んでいたように思う。日本がシリコンバレーのエコシステムから学ぶとすれば、それは意外に温故知新にあるのかもしれない。

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